第321話 二人の正体


「……す、すごすぎる……」


 衝撃によって打ちあがった大量の水しぶきを受けながら、隆也はそう呟いた。


 結論から言うと、雷雲船とラルフの全力の剣技によって放たれた一撃によって、島クジラはすでに複数の巨大な肉塊となっていた。


 周辺の海は未消化だった物質や体液、血などが入り混じり、周辺を真っ赤に染めている。


 これが隆也の知らなかった、雷雲船の真の実力。改めて、これを作り上げたあの少年の凄さを改めて認識する。


「――ほれ、隆也。探してきてやったぜ、お前の新しい相棒をよ」


「ありがとう、光哉」


 脱出に尽力してくれた隆也の新しい相棒である『クロガネ』を回収してもらってから、仲間たちとともに雷雲船へ。


 おそらくあちらに、エヴァーやアカネなどが乗っているはずだ。


「……よく戻ったな、我が弟子、よ……」


「ただいま戻りました、師匠……あの、大丈夫ですか?」


 扉から現れたエヴァーだったが、大分気分がすぐれないようで、今はアカネに支えてもらってやっと歩けているような状態だ。


「すまん、本当なら今すぐお前のことを抱きしめてやりたいところだが、さっきのヤツで二人分の魔力をつぎ込まれてな……」


 エヴァーの話によると、先程放った兵器は六賢者のありったけの魔力を込めて放つものだったらしく、全員今は魔力切れの状態で倒れているらしい。


 ディーネも無事だそうだ。隆也たちを襲撃した少年少女らの妨害を受けて、行動不能になっていたところを途中で拾われて、治療後、そのまま攻撃に参加したようだ。


「おっす、タカヤ。……ごめんね、ウチのラルフが至らないせいで」


「私からもパーティを代表して謝罪させてくれ。すまなかった」


 アルエーテルとセルフィアが頭を下げるが、今回の件は事故みたいなもので、ラルフでも、また、彼らがいたとしても、おそらくは避けられなかっただろう。


 ラルフも、そして、その仲間たちである雷雲船のメンバーは、誰一人悪くない。


 悪いのは、島クジラをけしかけ、そして、隆也を助けようとしたラルフやモルルを傷つけ妨害した『あいつら』が全ての元凶なのだから。


 今すぐにでも直接怒りをぶつけてやりたい衝動に駆られるものの、それ以上にやはり久しぶりに仲間たちのもとに戻ってこれたということで、疲労感のほうが上回っている。


 数か月にもおよぶ島クジラの体内でのサバイバル生活、そして、全てを賭けて、一時的にとはいえ月花一輪を魔力錬成したことによる反動もあって、すでに誰かの肩を借りていなければ、自分の体を支えることすら出来ないありさまである。


 これは、今すぐに戻って治療と静養が必要だろう。


 そして、仕事復帰も、順調にいってもまだ先の話しだ。そもそも能力が引き続き使えるかどうかという問題もあるが。


「――っっしゃあっっ!! ぶっ潰してやったぜっ!!」


 全力の一撃をお見舞いし、ついに故郷の仇を果たしたラルフが戻ってきた。


 雷雲船からの魔力を受けた影響が残っているのか、金色の電流が皮膚の表面でパチパチと迸り、金色に輝く頭髪も、まだまだ物足りないと言わんばかりに力強く逆立っている。


 片目に眼帯のようなものをつけているので、もしかしたらと心配したが、今の元気な状態であれば、彼なら全く問題はないだろう。


「すまん、タカヤ。お前のおかげで、俺はまだ仕事を引退せずに済みそうだ」


「引退って、まさか、冒険者稼業を辞めるつもりだったの?」


「ああ。お前を見殺しにして、この仕事をのうのうと続けるなんてありえないからな。……お前の冒険者ギルドで、一生下っ端をやるつもりだった。ルドラさんとフェイリアさんに頭を下げてな」


 それだけ責任を感じていたということだろうが、ともかく、それが現実にならなくてよかった。


 確かに色々あったし、肉体的にも精神的もかなり追い詰められてしまった。しかし、それでもこうしてまた皆で会う喜びを分かちうことが出来たし、修羅場を抜けたことで、隆也もまた一段と成長できた気がする。


 これまででもっとも時間のかかった脱出劇だったが、こうして無事に帰れたし、本来の目的である新相棒クロガネを製作することも出来た。


 であれば、隆也にはもう何もいう事はない。


「あ、そうだラルフ。君に会わせたい人がいるんだ。島クジラの中で、俺のことを何度も助けてくれた命の恩人なんだけど」


「! お前のほかにしぶとくあのデカブツのなかで……一緒に脱出してきたのか?」


「うん。ラルフも、きっとビックリすると思うよ。……二人とも」


 隆也の呼びかけに応じて、ラルフの前に、デコとミラの二人が現れた。


「……久しぶり、だね」


「あなたは本当に昔と変わらないわね。……ラルフ、久しぶり」


「お、まえら……」


 ラルフの瞳が驚愕で大きく見開かれるが、当たり前の反応である。


 なにせ、彼の中でずっと死んでいたはずの幼馴染の二人が、実は島クジラの中で生き残り、彼と同じように成長し大人になっていたのだから。


「デコ、ミラ。お前らなのか? 本当に?」


「ああ、そうだよ。ラルフ、僕たちだ」


「ええ。お互い大人になったとはいえ、忘れたとは言わせないわよ」


 島クジラによって引き裂かれた幼馴染三人の感動の再会。


 お互いを懐かしむようにして、ラルフ、デコ、ミラの三人がゆっくりと距離を近づけ、


「――いや、ちげえな」


「「っ――!?」」


 次の瞬間、デコとミラ、二人の体が、ラルフの剣によって切り裂かれた。


 隆也が視認できないほどのはやさで閃いた剣が、二人の両腕を切り飛ばし、一瞬のうちに消滅させる。


「なっ……ラルフ、お前なにやって……!!」


「タカヤ、こいつら二人から今すぐ離れろ」


 続けて、ラルフは隆也に驚愕の事実を告げる。


「こいつらはデコとミラじゃねえ」


「そっ……!?」


 今度は隆也が思考停止する番だった。


 デコとミラじゃない、ということは二人は偽物のデコとミラということになるが、であれば、二人は一体何者なのだ。


 偽物なら、どうして何の関係もない隆也を助けたのだ。


 真っ先に浮かんだその疑問に答えるように、腕を切り飛ばされても平然とした状態のミラがにやりとした笑顔を見せる。


「あら、もうちょっといけるかなと思ったのに。ひょっとして『再現』が甘かったかしら? まさか匂いでバレちゃうだなんて」


「……ほら、やっぱりコイツは無理だったよ。僕は最初に戦った時から見抜いてたよ。こいつは生まれながらの犬か猿野郎だってね」


 二人でそんなやり取りをしながら、デコとミラだったはずの二人の姿が、その正体を現す。


 姿は記憶にないが、少女の声は見覚えがある。


 島クジラに飲み込まれた時、ゲームだなんだと言っていたあの時の女の子の声。そして、少年は、ラルフとモルルに立ちはだかっていた人物その人だったのだ。

 

 

 

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