第319話 月花降臨 4


 グロテスクな内臓壁で包まれた薄闇の中、隆也の手のひらに一振りの刀が咲く。


 来た、と隆也は直感的に思った。手のひらの感覚は月花一輪が発する冷気によってすでに無くなっているが、そのおかげもあって痛みは感じずに済んでいる。


「これが……」


「タカヤの最後の奥の手……」


「二人とも、早く所定の位置に。俺の腕もそろそろ持たないかもしれないから」


「「っ……わかった」」


 二人に指示を出して、隆也はわずかに動く腕の力を振り絞って、月花一輪を胃の内壁へと振り下ろす。


【――――】


 何の抵抗もなく、月花一輪の刀身が内壁へと沈み込んだ瞬間、それまでうねるような動きを見せていた胃の動きが、徐々に収まっていく。


 表面に霜が発生している。水分が凍結しているのだ。


「成功だ……でも、あともう少し……」


 放射状に凍結の範囲が広がっていくのを、隆也はじっと見つめる。


 爆薬のほうはすでに仕込み済みのため、あとは、一帯が完全に凍りついた瞬間がチャンスだ。


【……不味い……】


「ごめん、でも我慢して」


【……わかった……】


 そして、不完全ながらなんとか意思疎通もできるようだ。ぼやくゲッカ(新)をなだめて、島クジラに流れる魔力と、体温を根こそぎ奪っていく。


 胃の中でもすでに内壁が薄いところはすでに氷漬けになっている。第一の胃はすでに半分以上が機能を失っているようだ。


 鮮やかなピンク色だった胃から熱が奪われ、徐々にそこから色が消失していく。


 ビシ、とヒビが入り、一部から肉片が剥がれ落ちる。


 検証の時点からある程度予測はできていたが、まさかここまで弱いとは。


【か、あ―――――】


 島クジラも異変には気づいているようだが、しかし、もう遅い。


「悪いけど、このままバカでかい氷の塊となって、果てしない深海の底で一生を過ごせ――」


 おそらく島クジラの中ではもっと部厚ったであろう胃の噴門部が完全に真っ白になったところで、隆也もその場から離れる。


「二人とも――!」


 消化されずにのこっていた海底神殿の物陰に隠れて、隆也が二人へ向けて大きく手をあげた。

 

 爆破の合図。


 そして、遠くの方で、ミラの異能である発火の橙の光が瞬いた。


 ―――――――ドッッッッ!!!


「っ――――!」


 直後、耳をつんざく爆音とともに胃の中が真っ白な光で覆いつくされ、追いかけているくようにして、衝撃が響き渡る。


【……っ!!! っっ!!!!!!!】


 自分の体内で貯め込み、そして隆也の手によって凶悪になった爆薬の威力に、島クジラが声にならない悲鳴を上げているようだ。


 通常であればすぐに防衛機能が発動するのだろうが、残念ながらすでに胃の機能は大半がゲッカによって内側から破壊され、停止に追い込まれている。もう治らない。


「――二人とも、行こうッ! 今度こそ、おさらばだ!」


 二人がこちらへ走り出したと同時、隆也もボロボロに崩壊していく胃の中をかけ、入口へと逆走していく。


 爆発による白い煙が晴れると、凍結と爆発の衝撃、両方を食らった噴門部の肉壁は、すでに跡形もないほどにばらばらに砕け散り、島クジラの口腔へと続く大穴がぽっかりと口を開けて出迎えていた。


 島クジラの自己修復機能は発動しないだろうが、先のラルフたちとの戦闘の際に発動した外部からの邪魔が入る可能性は捨てきれない。魔法で一気に修復などされる前に、さっさと脱出してしまったほうがいい。


 表面はすでにカチカチに凍っているが、不思議と足元が滑ることはない。凍った消化液がちょうど砂のようにざらざらとしており、それがちょうどよくグリップになっている。


 これなら、緩やかな勾配となっている食道も、なんなくかけ上げることが出来るだろう。


「デコ、残りの爆薬は?」


「大丈夫、あと一発分、ちゃんと残してある」


 デコが抱えた袋には、拠点から持ってきていた一発分の地雷が入っている。これで口腔内の一部に穴をあけ、そこから脱出を図るのだ。


 置く場所のほうは、すでにゲッカのほうが示してくれている。


 ちょうどここから真正面、真っ白に変色している口内の先端。


 そこが、隆也たちと、そして隆也の帰りを待ってくれているであろう。


「……ありがとう、ゲッカ。このお礼は、いつか必ずさせてもらうから」


 島クジラの体内に残してきた月花一輪へそう詫びて、隆也は地雷と一緒に、短剣ほどのサイズの金属片を変色部に楔として打ち込んだ。


 真っ黒な形状をしているそれは、余っていたアンブレイカブル鉱石を島クジラの消化液で溶かして鍛錬した、隆也の新たな相棒となる存在だった。


 名前のほうも、すでに決めてある。


「頼んだよ、クロガネ。俺の、新しい相棒」

 

 熱や冷気、そして外からの衝撃に絶対的な頑丈さを発揮するアンブレイカブル鉱石100%で作り上げた隆也の新しい短剣。


 刀身は闇のように黒いはずだが、隆也がそう伝えた瞬間、それに反応するかのようにきらりと光を反射して煌めいたような気がした。


「――ミラ、お願い」


「ええ。……じゃあ、行くわよ。3,2,1――」


 作戦は意外とあっけなかったが、しかし、これで長かったクジラ内部での冒険は終わりを告げる。


「――さよならだ、島クジラ。もし次があるならこんなことするんじゃないぞ」


 爆発によって開いた穴から一気に海水が流れ込んでくる。


 これでやっと外の世界へとつながった。


 後は、仲間たちが気づいてくれるのを待つのみだ。


【ゲームクリアおめでとう。そして、これをもって君は――】


 流れ込んできた深海の海水に全身を飲まれる中、そんな言葉が、隆也の耳の奥で響いたのだった。


――――――――

(※お知らせ)

 少し長引きましたが、こちらで島クジラ編は一区切りです。

 なお、先日より、新作『異世界先生 ~転移教師、辺境の村で魔法学校はじめます~』を更新中ですので、よろしければそちらも応援よろしくお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054981719887

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