第316話 月花降臨 2
ゲッカを再現するには、まず、あの時の記憶をしっかりと思い出す必要がある。
シマズの島にあるアカネの実家、そこからさらに奥の林を進んだ小さな祠の中、隙間より差す月光を浴びて青白く冷たい輝きを放つ刀身を。
ここにアカネがいれば、もう少し詳しい材料が揃っていたかもしれない。ゲッカを作り出したのが隆也なら、アカネはそのゲッカが唯一、隆也以外に持ち主と認めた人物である。
ゲッカの力を使役するため、タカヤ以上にゲッカと一緒にいたから、彼女の意見とすり合わせることで、より再現度が高まると思ったのだが……今、いないことを嘆いても仕方がない。
「……そういえばだけど、あの時のアカネさん、すごい綺麗だったよな……」
思い出すのは、彼女がゲッカと力を合わせて『七番目』を一刀両断したときのこと。
異世界ではわりと珍しい格好なのと、普段から人をひきつける容姿をしているアカネだが、ゲッカと融合していた時に見せたあの姿は、今思い返してみると、一段と美しかった気がする。
そう、まるで雪原にぽつんと咲く、真っ赤な花のように――
「……って、なにやってんだ俺は。想像するのは
今はもう氷が解けるようにこの世界から消え去ったゲッカの感触を、記憶の底から引っ張り上げる。
鞘に納めていても感じる氷の冷たさと、白く透き通った刀身。彼女を構成する鉱石はこの世界には存在しない特殊なもので、鉄やその他の金属で作られたものよりも、重量は軽い。
刀身がわずかに外気に晒されるだけで、周囲から熱を奪い、凍らせる様はまさしく氷刀といったところだ。
「……あとは、割と尊大な口調」
意思を持つ鉱石だったから、それもきっちり再現するわけだが、それが一番難しいかもしれない。
魔力錬成でできるのは、あくまで
なので、できるだけ氷結能力を再現できるよう、それっぽい形に見せることだけだ。
魔力を秘めた刀身、そして、刀身に秘めた魔力を引き出すことのできる人格――それらを完璧に再現出来たとき、この世界に再び月花一輪が現れる。
自分の意思を持つ武具……六賢者がそれなのだが、いったいどういう原理であれほどまでの高度な意思を持たせているのだろうか。
六賢者たちは本来武具でしかないのに、彼女たちにはそれぞれ違った考え方があり、人の好みがある。彼女たちの創造主である『少年』に対しても、溺愛したり、ある程度距離をとったり、そこまで興味がなかったりと、六賢者の接し方は全く違う。
心をもつ鉱石……その再現は困難を極めそうだ。
「あぐっ……! くそ、時間切れか……」
両腕から全身に向けて電流が走るような痛みが走り、隆也はつむっていた目を開けた。
やはり、錬成を試みるだけでも、魔力回路にはかなりの負担がかかっているようだ。
手のひらに残っているのは、ゲッカとはほどとおり、ほんのひとかけらの透明な氷のみで、これでは採取した肉片の変化を見るにも程遠い。
「タカヤ、大丈夫か?」
「問題ない……けど、今日はもう無理だと思う。はいこれ、しょぼいけど、今日の成果物」
「氷を生み出すだけでも随分な能力だと思うけどな……」
そうだろうが、隆也たちが目指すのは、こんなひとかけらの氷などではなく、島クジラを丸ごと氷漬けにするような奇跡なのだ。
ひとまず今日は休むことをデコに伝え、隆也は寝床で横になった。
集中を解いた途端、強烈な眠気がどっと押し寄せる。時計を見ると、ゆうに半日を経過していたから無理もないだろう。
「もしゲッカが傍にいてくれたら、あいつは僕になんて言うんだろう」
ゲッカは隆也に忠実だったが、わりと我は強く、自分の意見をしっかりと表明するタイプだったと思う。そのため、アカネも、能力を引き出すためにまずしっかりと対話をしたという。
以前、興味本位でアカネにそれがどんな内容か聞いたことがあったが、結局顔を真っ赤にして『お前には関係のないことだ、この破廉恥め!』と拳骨とともに怒られてしまったのを思い出す。
なぜ破廉恥なのだろう、と理不尽な理由で頭にたんこぶを作った隆也は今も不思議に思っている。
「対話、対話か……といっても、自問自答にしかならないと思うんだけど……」
疲れでぼんやりとした視界の中、ひたすら考えるのはゲッカのことだった。
〇
(ゲッカ、まずいことになったよ。どうしよう)
『マスター、おっしゃっているがいまいち理解できないのですが。順を追って、一から説明してください』
もし今ゲッカがこの場に現れたのなら、きっと彼女はこう言うだろうか。
(かくかくしかじか)
『……なるほど、わからないことがわかりました』
でっかいクジラに胃の中に飲まれましたと言われて、状況がわかるヤツなど誰もいないだろう。
『ですがマスター、一つだけわかることがあります』
「なに?」
『この状況で言えることは脱出は不可能ということです』
「どうして?」
『ここにはアカネがいません。力を行使するには不完全な状態の私には、それを引き出す者が必要ですが、現状いるのは、マスターと、それからマスターに毛が生えた程度の一般人二人。どう考えても私の力を引き出すには足りません』
「じゃあ、どうすれば……?」
『この状況を打開できるのは、確かに私ですが、正確に言えば、それは少し違う』
頭の中のゲッカが、以前どこかで見た白い少女の姿が現れ、告げる。
『私を使うのです、少年――ゲッカではなく、この私を――ここまで言えば、もうわかるでしょう』
刀となってアカネに使われるゲッカではなく、『私』。
と、いうことは。
「――ああ、なるほどそういうことか」
『お気づきになられましたね。そう、今、アナタが求めるべきは『ゲッカ』ではない。求めるのは――』
「――月花一輪」
『……そういうことです。では、お待ちしています、マスター』
眠気と思考が泥のように混ざり合った意識の中、隆也の遠くで、今までの記憶にない優しい声音が響いたような気がした。
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