第315話 月花降臨 1
魔力錬成によって一からものを作り出すには、いくつかの条件がある。
例えば、隆也がよくミケなどにあげている飴玉、もしくは仕事で毎日のように調合している回復薬など、すべてをイメージによって再現する必要がある。
どのような素材ができているのか、味や風味、舌触り、体に及ぼす影響などは――薬一つとっても、それらすべてを完璧に理解していなければ、同じものを作り上げることはできない。
なので、一見滅茶苦茶な能力に見えるが、作成できるものというのは、案外限られている。見聞きしただけで使用したことも調合したこともない薬や、加工や修理を主にしている武具などの完全再現は不可能なのだ。
ラルフが普段から使っている剣や、魔王が使っている特殊武器である『変幻七在』などの強力な武器を作ろうと試しても、外見だけそれっぽい、中身はからっぽのなまくらが出来上がるだけ。
だが、そのなかで唯一、隆也が魔力錬成によって一部のみだが、作り出した武器がある。
もちろん、あの時と今では状況が違う。
当時、ゲッカの力を復活させたとき、隆也はあくまでゲッカに自分の魔力を貸す形で、あくまでメインの作業はゲッカが主導だったが、今回はすべてを隆也一人で再現する必要がある。
あの時の感覚、というのはよく覚えている。ゲッカが気を遣ってくれたおかげ一瞬で済んだものの――全身からほとんどの熱が奪われ、まるで自らが氷の一部となり、自身の体がゲッカという生命体に取り込まれてしまったような――その反動で、隆也は一時魔力回路に大きく傷を負い、しばらく能力の使用を禁じられていた時期もあった。
だからこそ、あの時の記憶や感触を鮮明に思い出すことが出来るのだが。
「――あまりにも常識はずれで信じられないけど……つまり、それを使えばなんとかなるかもしれない、と」
「この細胞が低温に対しても耐性があるかどうかを調べてからだけど。でも、可能性はゼロじゃないと思うから、試す価値は十分あると思う」
ただの水なら剣やハンマーでいくら叩いても無駄だが、それを氷に変えてしまえば、真っ二つに破壊することができる。
島クジラの内部の肉壁が、例えば衝撃に強い分厚いゴムのような形状だったとしても、それを凍らせて氷のようにしてしまえば砕くことが出来るかもしれない。
その実験のために、今回ミラに採取してもらった肉片がある。
「ただ、これは俺の魔力回路への負担のものすごいから、再現する前に限界が来て、二度と能力が使えない可能性もあるし、よしんば再現できても、実際に当時のままの能力を再現できるとも限らない」
「まさしく一度きりの賭け、というわけね」
「うん。だから、最初はまず俺のほうで氷のほうを作って、それで肉片に変化があるかどうかを見る。そこでもし反応があるようなら……」
命を賭けるタイミングとして相応しいのではないか――そこまで言って、隆也はようやく一息ついた。
もちろん、実際に出来るかどうか、途中まで試す必要はあるし、無機物質とはいえ意思をもつゲッカを再現できるかという問題もあるが。
もし、これが再現できるのだとしたら、隆也も、六賢者たちを作り出した『彼』のように、立派に『
「バケモノか……まあ、どうあっても、俺は俺だけど」
「タカヤ?」
「っと、いや、なんでもない。さあ、今日はもう休もう。ここからは体力が重要になってくるからね」
錬成によるゲッカの再現と、肉片に対する冷気への耐性への実験を平行して行うことにし、隆也たち三人は床につくことに。
「まさか、あの声の女の子がそこまで考えてなんてことは……いや、今は色々考えるのはよそう。とにかく今は入口への扉をぶち破ること……そうすれば、あとはきっとみんなが……」
首を振って余計な思考を追い出して、隆也は無理矢理目を閉じ、自らの意識を眠りの中に落としていった。
※※※
隆也が寝静まった、ちょうどそのころ。
ある場所で、一人の少女が準備を進めていた。
彼女が持っているのは、工作用のハサミと、そして色とりどりの折り紙。赤や青の他、銀や金などもある。
それらを紙吹雪のようになるよう細かい三角にしたら、細くきって鎖のようにつなげたりなど、まるで何かの飾りつけでもするかのように。
「――あのさ、そろそろ触れてほしいって空気をキミが醸し出してるから突っ込むけど、なにやってんの?」
「なにって、そんなのパーティに決まってるじゃないか。多分もうすぐ僕らのもとに新しい仲間が入ってくるから、その歓迎をしなきゃ」
「歓迎~?? まさか、あの草が主食ですって言っているような、アイツ?」
「そうだけど、なにか問題でも?」
「僕は別にキミが誰を仲間にしようが知ったこっちゃないけど……僕は嫌いだね」
少女からの返答に、少年が心底嫌そうな顔をする。
「同族嫌悪かい? そういうの、私はあまり関心しないな」
「同族? 勘弁してくれよ。あんな人一人殺すだけで躊躇するような真正の弱虫とボクを一緒にしないでくれるかな? とんだ言いがかりだ」
「そう? 私が初めてキミに会った時、キミだって元クラスメイトの前でボロボロに泣いてたじゃないか」
「あれは感動の涙で、嬉し涙だよ。ああ、神様、僕にこのような力をありがとうございます、おかげでしっかりと『復讐』することができましたっていうね」
「どうだか」
くすくすと笑って、彼女は作業を再開する。
次に作り始めたのは、今しがた細かく切った紙吹雪を入れるためのくす玉のようなもの。
「……随分と豪華だけど、そんなに彼のことが好きなのかい? 興味はないけどさ」
「あれ、もしかして嫉妬かい? キミもかわいいところあるじゃないか」
「興味ないって言っただろ。……あるとしたら、あのゴミムシにそれだけの利用価値があるかどうかってことさ」
「あるよ。君なんかよりも、ずっとね」
「……へえ」
少年が、魔法によって部屋の壁に投影された隆也の姿を見る。
長い前髪に隠れて詳しい表情を伺い知ることはできないが、果たして少年の横顔に浮かべる感情はどういったものか。
「……寝る」
「あれ? 手伝ってくれないの?」
「やだよ。そういうのはもう小学校で押し付けられすぎてうんざりだからね」
「つれないなあ。手伝ってくれたらお礼にキスぐらいしてあげるのに」
「じゃ」
少女を無視して、少年は部屋を後にした。
「ふふ……さて、あっちこっちで色々と準備は進んでるようだし、私も早い所準備を進めなきゃね。これから始まる楽しい楽しい宴の、ね」
壁に映し出された『複数の画面』を見て、少女はまた一人作業に戻っていったのだった。
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