第314話 出口⇔入口


 隆也はもう一度デコとミラと共に探索を再開したものの、そこから思うように状況が進むことはなかった。


 いくつかの箇所で爆薬を炸裂させても、島クジラにとってはかすり傷に染み込む塩水程度にしか感じないのだろうか、わりとすぐに傷口を塞いでいってしまう。修復の速度は、傷つける度に早くなっていて、まるで学習して最適化するロボットのようだった。


 結局このまま同じことをやっても意味がないと、数日後、三人は結論づける。


 島クジラの内部には、出口となるようなものが存在していない。


 では、それでもこの迷路から外に出るためには――。


「……二人とも、どうだった?」


 とある実験から帰ってきた二人を、隆也は出迎える。今、隆也がやっているのは以前作製したアンブレイカブルの散弾を入れた、爆弾の作成だった。前回はただ周囲に細かい弾をまき散らすだけだったので、よりピンポイントに標的を攻撃できるよう、改良を重ねていたのだ。


「傷がつかないってほどじゃないけど、でも、ほとんど反応は見られなかったよ。多分胃壁なんかよりもかなり丈夫に作られてるんじゃないかな」


 顔にかかった泥を拭いながら、デコは言う。今日はありったけの火薬を使って検証してくれたようだ。


「サンプルのほうは?」


「それは大丈夫。ちょっとで良かったのよね?」


 ミラからもらったのは、今日、爆薬で爆破した箇所の肉片。こちらも今後の検証のため、念のため取っておいたものだ。


「ダークジャークをあっという間にやっつけたあの爆弾でも、手のひら大の肉片を回収するのがやっと……でも、これでようやくわかった気がするわね」


「うん。出口がないなら入口から戻ってしまえばいい――多分、島クジラからの脱出の鍵は入口だったんだ」


 探索が不調に終わったあと、三人はある考えにたどり着いていた。


 出口がないんだったら、仕方ないから入口まで戻って外に出てしまえばいい、と。


 これまでの探索で、確実に外へと繋がっていることがわかっているのは、島クジラの口しかない。


 第一の胃から引き返して、食道と思われる場所をとおり、口をこじ開けて外に出る――それが、隆也たちの今の目標だった。


「夜中にも何度か俺も観察してみたけど、多分、数日に一回のペースで、胃の中に水分みたいなものが供給されるときに、ほんの数秒間だけだけど、食道から胃に水分を流し込むために隙間ができることがわかってる。多分、胃から食道のほうに内容物が出来るだけ逆流しないよう、弁みたいな役割をしているんだろうけど」


 タイミングは不定期だが、入口へ戻るための道が開かれているが、そこからさらにこじ開けるべき壁がいくつも待っている。


 今現在あるだけの爆弾を全部積んでもほんの少しの肉片しか持ち帰れない頑丈すぎる『弁』と、それからよしんば『弁』を通過できても、巨大な口をこじ開ける仕事が待っている。


 爆弾の威力を上げるために試行錯誤は繰り返しているものの、おそらく、この感じだと、今の材料でできる限り威力を高めて、量を増やしても、おそらく第一関門を突破することができない。


 おそらく後一つ、もしくは二つ、突破するための何かが必要だ。


 それこそ、爆弾に匹敵するだけの、しかし、爆弾とはまた違った効果をもたらす武器が。


「……しかし、いつも思うけど、ここってものすごく暑いよね。島クジラの体内だから、当然といえば当然だけどさ」


「だね。僕たちやラルフのいた故郷はわりと寒いところだったから、僕らも最初のうちは慣れなくて苦労したよ。ねえ、ミラ」


「ええ。昔は冬なんかは氷の張った池とかで三人で滑って、氷が割れて冷たい池に落っこちちゃったりしてね、ラルフが」


「うん。あの時はそばに僕たちがいたから、すぐに引き上げて焚火を起こしてやってあっためたからよかったけど、あのままだった凍傷でひどいことになってたかも」


「そうね。そういえば、その時のお礼、まだもらってなかったんじゃなかった?」


 再度頑張ることを決意してから、こうしてデコとミラはよく昔のことを話してくれるようになった。それまでは隆也一人がやることに、二人が追従していた感じだったが、今はそれぞれ気の置けない関係にまで仲が深まった気がする。


「凍傷か……そういえば、俺も前に一回だけ似たような症状になったっけな。今はもう暖かくなってるけど、雪が一年中吹雪いているような場所で――――――」


「……おい、タカヤ?」


「どうしたの?」


 急に話を止めたことに二人が心配して、隆也の顔を覗き込む。


 もちろん隆也は石化したわけではなく、とある可能性に行きついただけだ。しかも、まだ実現できるかもわからない『賭け』に。


「……二人とも、ちょっとこれから試したいことがあるんだけど、協力してくれない? 結構危ないことになるかもしれないから、助けてほしいんだ」


「それは構わないけど……助けるってどんな?」


「ラルフが池に落ちたときと同じだよ。焚火を準備して、俺が凍えたりしないようにしてくれれば」


「「????」」


 二人にはこれから後でしっかりと話すとして、まずは、ミラが取ってきた肉片を使って検証をする必要があるだろう。


 この『賭け』に、隆也のこれまでの全てを捧げる価値があるのかどうかを。


「――いつかまた会おうって言ったよね。もしかしたら、その願い叶うかもしれないよ……『ゲッカ』」


 隆也の脳裏に浮かんだのは、すでにこの世界から消え失せたはずの、氷の一振り。


 爆発による衝撃と高熱がダメなら、そこに超低温をさらに合わせればどうなるか。


 もしかしたら、それが、脱出のための最後の鍵になるかもしれない。

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