第312話 燻る心


「タカヤ、僕たちがこうして往生際が悪いことをしているのは、君のせいでもあるんだよ」


「俺の……?」


 隆也を前に、デコが心中を吐露し始める。


 ずっと拠点で気落ちしていた隆也のことを気にして、言わなかったこと。


「正直、君がここに来るまでの間は、気持ちなんてすっかり枯れ果てていたと思っていたよ。突然村をめちゃくちゃにされて、ミラ以外全員の人がほとんど死んじゃって……僕らもいずれはこの中で溶かされ養分になっちゃうんじゃないかと」


 彼らはもうこの場所で生き延びて10年以上にもなる。


 心が折れて腐るには十分すぎるほどの年月――デコとミラ、ほぼ全滅した集落の中、たった二人でなんとか支え合って生きていたそんな時隆也が現れる。


「君が来てからの一か月、二か月――仲間の助けを待っている君にとっては果てしなく長い時間に感じただろうけど、僕たちにとっては、ほんの一瞬だったよ。僕たちが10年以上かけてもずっと攻略できなかった場所を、たった一か月で攻略してみせたんた――力も技も足りない僕たちに、君が一人加わるだけでここまで出来るんだって。正直、爽快だったよ」


 ここいる三人は、こと戦闘に関しては、仲間たちに較べればひ弱もいいところだった。小型の魔獣一匹倒すだけで命がけで、胃の1エリアを越えるだけでも、一か月の準備を要す――隆也は、そうやって内心悔しい思いをしていた。


 だが、そんな隆也でも二人の目からは鮮烈に映っていたのだ。


 ちょっとした火種にしかならないと思われた消化カスを爆薬にし、自分たちにとっては害の多い消化液を利用して武器を作る。


 そのおかげで、島クジラの胃は今もまだ以前な状態には修復はされておらず、未だ爆発の際に受けた傷そのままで放置されている箇所さえある。


「それで、もう折れかかっていた僕たちの心に再び火がついたんだ。今ものうのうと海を泳いでいるだろうこのデカブツに一泡吹かせてやりたい、そして、できればここから脱出して友だちに――ラルフに会って、昔のことを、冒険者になるなんて無理だって思ったことを謝りたいって」


 デコとミラの心は、完全には腐っておらず、心の奥底でくすぶり続けていたものがあった。ラルフを一人にしてしまったという後悔の念――その勢いを取り戻させてくれたのが、現在のラルフの依頼主であり、友人でもある隆也だったのだ。


「タカヤ、だから、僕たちはこの気持ちが完全に冷め切らないうちは、あともう少しだけ頑張ってみるよ。今のところは手詰まり状態だけど、それでもまだこの体内を全部調べたわけじゃないからね」


「ここの構造が生物っぽくないのはもう誰が見ても明らかだから、もしかしたら、思わぬところから脱出口が現れるかもね」


「そう……」


 二人が諦めないというのであれば、隆也とて止めるつもりなどない。隆也にとってもこの二人は命の恩人なのだ。であれば、やるだけのことは協力してやるべきだ。


「……わかった。でも、あんまり無茶はしないように頼むよ。僕にとっても、二人は大切な友人なんだから」


 二人が隆也のことを死なせたくないと思うように、隆也もまた二人のことを大事に思っているのだ。


 二人に追加の爆薬を渡した後、隆也は再び薄暗い拠点へと一人戻っていく。


「頑張っても、どうせ無駄になるのに……」


 寝床にごろんと寝転がり、天井を見つめながら隆也はそう呟いた。


 現状今の手札ではどれだけやっても脱出可能性は限りなくゼロだ。体内に傷をつけたと言っても、島クジラの巨体に風穴を開けるほどには到底及ばない。


 胃の壁、肉の壁、そして肉を包む皮など……力づくで突き破るには、隆也たち三人では、到底無理な話だ。


「なら、やっぱり出口を探さないと……勝手口なんて、そんな都合のいいものがあるとは思えない……でも、ゲームなら、かならずどこかに出口が……どこだ……?」


 にもかかわらず、もう休もうと思った隆也の頭は、目をつぶったあともずっと回転しつづけている。


 胃の中でまだ調べていないところがなかったか、利用できるものはないか、後、何があれば再び命を賭けるに値する手札が揃うのか。


 再び意識が眠りに落ちるまで、隆也はずっと考え続ける。


 諦めたと思った隆也の心の奥底は、まだわずかに燻りつづけていた。

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