第311話 ゲームオーバー?


 そこからどれくらい経過しただろうか。


 助けが来ると信じて、もう帰ってくることはないだろうと思っていた拠点に三人で戻ってきてから、隆也はもう日にちを数えるのをやめていた。


 ここには朝も夜もない。ただ薄暗い闇がずっと広がっているだけだ。


 いくら待っても助けが来ることはない。拠点に戻ってきた当初はまだわずかに希望を残していたが、それももう風前の灯火となりつつある。


 まあ、もともと一か月経っても何の変化もなかったわけだから、当然といえば当然なのだが。


「…………体が動かない」


 これまでは火薬の製作やら道具の加工やらで頑張っていた反動か、隆也は日のほとんどを拠点の中で過ごしていた。食糧の調達などをデコとミラの二人に任せて、部屋の隅で座ったり、または意味もなく寝転んだり。


 その姿は、まるで魂のなくなった抜け殻のようだった。


「タカヤ、今日取ってきた分の加工、頼めるか」


「ああ、うん。後でやっておくから、そこに置いてて」


 一応、拠点での燃料や狩りで使うために、クジラ火薬の調合だけは続けているが、隆也の精神状態が反映でもされているのか、最近は品質のほうも劣化の一途をたどっている。


 現状は料理の際の火だねとして用いるぐらいなので、劣化しているぐらいが逆にちょうどいい塩梅なのは皮肉なものだ。


「……なあ、いい加減に切り替えたらどうだ? 期待通りの結果にはならなかったけど、それでも胃は突破できたし、ダークジャークだってほぼ全滅させることができた。探索範囲が増えたおかげで、僕もミラも、君には感謝してるんだから」


 デコの言う通り、確かに第三の胃からは危険はなくなったし、今もまだ迷宮の中に入れるが、隆也にはまったく価値をもたない。


 脱出できなければ何の意味もない、と。


 あの少女はここに閉じ込められたことをゲームだなんだと言っていたような気がするが、いったいこれのどこがゲームなのだろう。脱出の経路が用意されていないゲームなど、それはもうゲームではなく、ただのショーでしかない。


 ただプレイヤーがこうやってやる気を失って、体も心も朽ちていく様を眺めるだけの、悪趣味極まりない見世物。


 あの少女のことだから、今もどこかで隆也のことを眺めてほくそ笑んでいるに違いない。


 だが、それももうどうでもいい。


 見たいなら、勝手に見ていればいい。幸い見世物にされているのは慣れっこだ。せいぜい一生寝ころんでいるところを眺めていろ――そんなあきらめにも似た感情が、隆也の中に渦巻いていた。


「デコ、タカヤの調子はどう?」


「相変わらずだよ。頼んでる分の仕事もたまり気味だし、このままだとタカヤにとっても良くないことに」


「いいよ、はっきり言ってくれて。足手まといなんでしょう? 二人ほど体も動かなければ、頼りのアイテムクリエイトだってやらずじまいだから、これなら二人でいたほうがマシだって考えるのは当然のことだよ」


 投げやり気味に隆也は二人にそう言い捨てた。


 本当は隆也もこんなことを言いたいわけではないが、言葉にとして出てくるのは憎まれ口ばかり。


「……ごめん二人とも。でも、もういいんだ。俺は勘違いしてたんだ。自分の能力を過信して、これさえあれば、自分一人でもなんだって出来るって」


 逆にこれまでが上手く行き過ぎていただけだったのだ。魔界の時も、シマズの時も、詩折との戦いの時も。自分のアイデアが偶然ハマっていただけなのだ。


 その化けの皮がついにはがれてしまっただけ。


「だから、僕のことはもう放っておいてくれていいよ。やっぱり足手まといだっていうんなら、追い出してくれたっていい」


「タカヤ……」


「……ごめん。頼まれた分はちゃんとやっておくから。今は一人にして欲しい」


「……わかった。じゃあ、頼んだよ」


 そう言って、デコとミラは今日の分の探索のため拠点を後にする。


 最近は迷路のほうに潜って火薬の原料を採取しているようだが……無駄なことをする。


 どうせ大量に用意したところで、もう使うことなどほとんどない。すでにこの状況は、ゲームオーバーなのだ。


 これから隆也を待っているものは、ラルフたち仲間たちの出迎えではなく、これから時間をゆっくりとかけて溶かされていく未来のみ。


「……ふわあ」


 体力が落ちてきているのか、すこし加工をするだけで眠くなってくる。一日のほぼ半分を寝て過ごしているにもかかわらず。


 しかし、そのことについて、隆也が危機感を抱くことはもうなかった。


 どうせ遅かれ早かれ死ぬのだから、色々頑張ったところで意味がない。


 そう思いつつ、隆也は再び寝床に横になり、ゆっくりと意識を暗闇に落として……。


 ―― ド ン ッ ッ !!!


「!! な、なんだ……!?」


 と、隆也がしばらくの間、惰眠をむさぼっていると、ふと、遠くから響いた爆音と衝撃が隆也の鼓膜を揺らした。


 クジラ火薬を使った爆弾を炸裂させた時の音だが、ちょうど胃の入口あたりから聞こえてきた。


 デコとミラが狩りにでも使ったのだろうか。しかし、それにしてはあまりにも規模が大きすぎるような。


「まったくもう……何やってんだよあの二人は」


 荷物をひっつかみ、久しぶりに拠点を出て煙の出たほうへと向かう。途中、何度か泥に足を取られて転んでしまった。運動能力もかなり低下していた。


「デコ、ミラ!」


 爆発の衝撃で上からボタボタと落下する消化液に汚れた二人が、立ち込める煙の向こう側に佇んでいるのを見つける。


「なにやってんだよ二人とも。貴重な燃料をそんな無駄に使って……いくら一杯あるからって、それもいつストックがなくなるか――」


「うるさい! タカヤ、君は黙ってろ!」


「っ……!?」


 突然のデコの剣幕に隆也は思わずたじろいでしまった。


 これまでほとんど怒りを表すことをしなかったデコが、初めて隆也に対して声を荒らげている。ミラのほうは黙ってはいるものの、浮かべている表情はデコとそう変わらない。


「ミラ、どう?」


「反応は……あんまりないみたいね。胃の入口だし、ここは特に丈夫できてるんじゃないかしら」


「そっか。ということはもっと上の方に行くしか……」


 どうやら何かを検証しているようだが、隆也なしで、二人はいったい何を企んでいるのだろう。


「タカヤ、君は帰って休んでていいよ。僕たちも別に無理しようとしてるわけじゃないから」


「いや、だから、何やってんだって聞いてるんだよ! そんなところで爆弾なんかに火をつけるなんて意味のないこと――」


「だから、それを今、確かめてるんじゃないか。この状況が、本当に手詰まりなのかどうか」


「え――」


「タカヤ、僕たちはね、まだここから脱出することをあきらめたわけじゃないよ」


 最近は隆也のことを気遣って拠点にいなかったことの多かった二人だが、二人には二人の考えがあったようで。

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