第310話 迷路


 その後、しらみつぶしに上ルートと下ルートを探索した結果、最終的には下ルートが先へと続いていることがわかった。


 真ん中ルートのほうも爆破すれば可能性はあるが、迷路全体の構造が把握できない以上、いったん保留しておくしかない。


「ここはいったいなんなんだろうな……腸だったらそりゃ全長は長いだろうが、ここまで複雑な構造をして何になる。ましてや行き止まりなんて作って」


 ここまでの経路をマッピングしながら、デコが呟く。


 胃の方はまだなんとか生物っぽい形状は機能が残っていたが、ここに関しては内臓の中というよりは完全にただの迷宮だ。魔獣らしきものといったらスライムぐらいのもので、ダークジャークのような危険はほぼないものの、とにかく先が見えない。


 時計を持ってきていないので正確な時間はわからないが、新区域に足を踏み入れてからすでに一日は経過しているだろう。代り映えのない通路が、隆也たちから徐々に体力を奪っていく。


 休憩は入れているが、疲れはまったくと言っていいほど、取れた気がしない。


 長丁場になることは予想していたので、食糧はまだ用意はあるものの、それまでに果たしてこの迷宮を抜けることができるか。


 そして、恐れていたことが現実となった。


「全部、行き止まり……」


 そこからさらに二日、三日と時間かけ、途中にあった分岐を全て調べたところで、隆也たちはそう結論づけることになった。


 ここには、出口がない。


 いや、正確にはまだ完全に可能性が閉ざされているわけではない。保留にしていたあの場所――クジラ火薬のもとである消化カスが詰まっていたあの場所。


「やっぱり私の『着火』であそこを吹っ飛ばしてみるしか……」


 可能性に賭けるなら、もうそれしか残っていないのだが。


「もしそれで出口までつながっているのならいいですけど、もしただの行き止まりでしかないんだったら……」


 あの場所には、隆也たちが胃の内部で一か月以上かけてため込んだ量以上の原料が詰まっている。


 迷路がただの袋小路だった場合は、どれだけ距離を取っていようが、爆炎に巻かれてお終いになるだろう。下手すれば胃の内部にまで爆炎が及ぶかもしれない。


 ここから出るために、場合によっては一か八かの賭けに出ることも必要だとは思ているが、それは、その賭けに勝つことで確実に脱出が出来ることが分かった時だけだ。


 まだ先があるかもしれない。その先にまだ試練が残っているかもしれない。


 そんな不確実な状態で賭けられるほど、隆也は命知らずではない。


「タカヤ……」


「タカヤ、どうするの?」


 二人の視線が、隆也へと注がれる。


 この三人の中のリーダーは隆也だ。だから、どうするのかは隆也が決めなければならない。


 一縷の望みに賭けてみるか。


 もしくは、ここからいったん退却して攻略をあきらめるか。


「…………」


 悩む。


 この場所に侵入するだけでも、かなりの時間を要した。素材集め、そして加工に一か月。


 デコもミラも、隆也の言葉に乗ってくれて、これまで協力してくれた。


 だが、ここで退けば、それが全て無駄になってしまう。外で必死に頑張ってくれているであろう仲間たちに会えなくなってしまう。


 そして、あきらめた時点で、これまで脱出のため、島クジラ内部の攻略という目標のおかげでなんとか折れずにいた心がぽっきりと折れてしまうだろう、と。


「……タカヤ、もういいよ」


「っ……!」


 進むか、退くかを答えられずにいると、デコが隆也の肩をぽん、と叩いた。


「ここで朽ちるより死んだ方がマシっていうのは、僕もミラも変わらない。ここに来た時点ですでに命なんか捨てたつもりだった」


 でも、とデコは続ける。


「タカヤ、やっぱりまだ君はまだ死ぬべきじゃない。十数年前にこの世界から『消えた』僕たちと違って、まだ、君はこの世界に『生きている』。生きていると信じて戦ってくれている仲間や友だちがいる。そんな君を、僕たちはまだ死なせたくないんだ」


「……それで二人はいいの? ここで一生死ぬまで暮らすことになっても」


「そこまでは言ってないよ。とにかく、今は助けが来るのを待つんだ。僕の知っているラルフなら、きっとタカヤを助けることをあきらめていないはずだ。必ずなんとかして、ここまでたどり着いてくれる。だから、俺たちはそれを信じてじっと待てばいい」


 デコの言葉がやさしく隆也の中に染みわたっていく。


 諦めるのではない。諦めないために、今は退いて、じっと耐え忍ぶ。

 

 デコの言うことはある意味では正しい。隆也もデコもミラも、はっきり言って強いわけではない。ラルフやモルルであれば一瞬でどうにかしてしまう敵でも、長い時間をかけて、道具を使って、毒や爆弾など用意周到に罠を仕掛けて、それでようやく第一関門を突破できる程度なのだ。


 だが、それで本当にいいのだろうか。牢屋に入って、ただ誰かが外側から鍵をこじ開けてくれるのを、じっと待っているだけで。


「くそ……」


 隆也は血が出るのも構わずに唇を噛みしめて悔しがる。


 自分一人では、所詮何もできない。何かをする勇気もない。


「……わかりました。ここはいったん退きましょう」


 しばらくの沈黙の後、隆也は絞りだすようにそう答えた。



 ※※※※



「あ~らら、これはもう折れちゃったかな……せっかく面白くなってきたところなのに……」


 薄暗い部屋の中で、少女は一人、少年が目の前の壁を前にただうなだれるしかない様子を見てため息をつく。


 途中まではかなりいい所まで行っていたし、ダークジャークが爆砕された時なんかは久しぶりに気分が高揚した。


 少女も、そのおかげで退屈せずに済んでいたのだが。


「――なんだ、まだソイツのこと見てるの? 四六時中ずっと張り付いてんじゃん。もしかして好きなの? 恋愛対象なの? 僕には全く彼のことが魅力的には見えないけどなあ。ただの意気地なしでしょ」


「はは、言うね。まあ、人の好みなんてそれこそ色々だからね。君の意見は尊重するさ。なにせ君は私の仲間だからね。……で、そっちの様子はどう?」


「面倒だったけど、とりあえず帰ってもらったよ。ねえ、いつまでこんな仕事僕にやらせるつもり? 可愛い女の子とかならともかく、むさくるしい金髪野郎の相手なんて僕は趣味じゃないんだけど」


「無論、彼とのゲームが終わるまで」


 側にいた仲間にそう言って、少女は再び少年の映る画面へと目を向けた。


 仲間と思われる男女に支えられて、ゆっくりとした足取りで胃の方へ戻っていく情けない少年の姿。


「ちょっと意地悪し過ぎだったかな……いや、でもそうじゃなきゃ面白くない。真剣にやるからこそ、ゲームってのは楽しんいんだから」


「悪趣味なヤツだよね、君は。あんなところに人を閉じ込めて、そんなに弱い奴をいたぶって楽しいかい? まともな神経じゃないよ」


「まともじゃないのは認めるが、そこまで悪趣味というほどでもないよ。だって、私はあの子を閉じこめてなんていないからね。クリア不能なゲームなんて、それはもうゲームじゃないんだから」


 あの少年が気づいているかどうかわからないが、今の時点で、彼はすでにゲームクリアの鍵を全て手中に収めている。


 扉への道も、出口も、すでに彼は知っている。


 あとは、少年がそのことに気づけるかどうかだ。

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