第309話 新区域
一か月以上かけた努力が実を結び、隆也はようやく次の区域へと足を踏み入れることができた。
胃の次……なると腸になってくるのだろうか、だが、島クジラというわけのわからない巨大生物なので、今通っているこの道もいったいなんなのかはわからない。
爆発の影響はやはり少しずつ落ち着いてきているようで、胃の活動も正常に戻りつつある。
すでに門番は爆砕してしまったので、意味はないが。
「いまのところは変わったところはなにもないね……」
デコが周囲を魔石燈で照らすが、特に胃の時となにかがかわったわけではない。今は壁伝いに進んでいる状態だが、壁や足元の感覚は胃のときと変わらない。異臭のほうも、半分腐った状態のものもあった胃と較べると大分過ごしやすい。
この辺りは感覚の慣れもあるので、マスクのほうは外さないでおく。
通路は、胃と較べるとかなり狭くなっている。ちょっとした洞窟という程度だ。
「行き止まり――いや、上、登れそうか?」
内部のほうはかなり入り組んでいそうだ。道はいまのところ一本道だが、迷路のようになってくると面倒だ。
上を行き、ときには下に降りて、ぐねぐねとした内部を進んでいく。右に左と進んでいるので方向感覚のほうはすでにない。
そして、ついに懸念していた箇所が、三人の前に立ちふさがった。
「分かれ道――」
それもいきなり三つ。上へと行くか、そのまま穴を乗り越えて真っすぐ行くか、それとも穴を飛び降りるか。
「タカヤ、どうする?」
「しらみつぶしでいくしかないかな。すごく面倒だけど、目印か何か置いて――」
――ポコポコッ。
「ん?」
と、ここで道の中央をながれていた消化液が急に大きく泡立ったかと思うと、次の瞬間にゲル状のスライムが隆也の顔目掛けて飛び出してきた。
次の道のことばかり考えていたので何も準備していない。
完全に不意をつかれてしまった――。
「タカヤ、しゃがんでッ!」
「っ――」
ミラの指示通りに咄嗟に屈むと、ちょうど先ほど隆也の頭のあった位置を、一本の矢が通り抜けた。
矢は見事スライムの体内にある核を射ぬき、そのまま穴の先のほうに突き刺さった。
「油断禁物ね」
「ありがとう、ミラ。……まったく退屈させてくれないね」
飛び散ったスライムの残骸を見ると、わずかにかかった隆也の靴先が真っ黒になっている。
どうやらかなりの威力の酸だったようだ。
そのまま顔に受けていたらと思うと、ぞっとする。
隆也の持ち物の中で、回復薬のほうはすでに底をついている。毒薬のためにすべて使ってしまったからだ。魔力錬成で作る手段はあるが、それも最後の切り札だ。
今はまだ我慢できるが、すでに魔力回路を酷使しているようで、魔力錬成をしようとすると、体の芯から針でめった刺しにされたような痛みが脳天へと走り抜ける。
残り一回か、二回か――。それ以上は多分またシマズでやらかした時のようになってしまう。
ひとまず道のほうは布の切れ端にメモすることにして、ミラの放った矢がある正面の道を進むことに。矢の方も貴重だし、再利用できるものはなんでもしなければ。
ゲン担ぎの意味もこめて、敵を倒してくれたミラの矢が正解ルートを示してくれていると信じて先にを進んだのだが。
「――行き止まり……」
そう物事は上手くいかないということだろうか。一本道を一時間ほど歩かされたが、結局ハズレを引いてしまった。
「仕方ないわね、気を落とさずに進んで――どうしたの?」
「あ、いや……ちょっと行き止まりの壁の感触が気になって」
そう言って、隆也はおもむろにセイウンを鞘から抜いて壁のほうに傷を入れ始める。
ざく、っと刃が根元まで入った瞬間、赤い液体がゴボゴボとあふれ出す。
「……まさかそのまま掘っていこうだなんていうんじゃないでしょうね?」
「まさか。ただ、ちょっと押してみた感じが他と違って、ぶよぶよとしている感じなので……ん?」
隆也が傷口へさらにもう一刺しセイウンを突き入れた瞬間、ブスン、という音とともに黄色に染まったガスのようなものが傷口から噴出された。
「ごほっ……!」
「ほら、もう言わんこっちゃない……大丈夫?」
「なんとか……もう嗅ぎ慣れた匂いだからね。二人ともこれ見て」
そう言って、セイウンで傷口を無理矢理こじ開けて、中から現れたものを二人に見せる。
「「! これは……」」
「クジラ火薬の原料……まさか、こんなところにもあるなんてね」
本当に行き止まりかどうか、仕掛けが何かないかを探索するのは元居た世界のゲームなどでよくやっていた隆也だったが、実際にこうなるとは思わなかった。
だが、すぐに爆破するのはよした方がいいだろう。着火はミラの異能があるのですぐにでも可能だが、量がどのくらいあるのかわからないし、通路が狭いので、かなり慎重にしないと火をつけても、三人とも爆炎にのまれる可能性が高い。
「――ここはいったん保留で。別の道に行きましょう」
その後、もう一時間かけてきた道を戻り、今度は上へ。
一応目印も置いてみたが、そちらはいつのまにか再発生していたスライムによって溶かされていた。
「……本当に意地悪なクジラ野郎だ」
絶対に完全攻略してやる――三人の意見がまとまった瞬間だった。
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