第307話 開始


 そこからおよそ、一か月の期間が過ぎた。


 その間、隆也がやっていたことは変わらない。寝て、起きて、素材の採取に行きつつ、拠点に戻って道具の準備。これを延々と繰り返した。


 外にいる仲間たちのことを考えると一刻も早く脱出をしたいところだが、今のメンバー三人では失敗できないので、ぐっとこらえるしかない。


 もちろん、その間も外からのコンタクトは何もない。


「――ただいま。やっぱり今日も目的のものは釣れなかったよ」


「おかえり、デコ。……とりあえずこれで何とかするしかないってことか」


 第三の胃でクジラ火薬の釣り上げに励んでくれていたデコとミラだったが、およそ一週間ほど前から材料である『残りかす』がほとんど取れなくなっていた。


 隆也の想定ではもう少し余裕をもって材料を揃えておきたかったところだが……これ以上待っても目的のものが集まるかどうかはわからない。


「今ある全てをつぎ込んでかかってこいってか……望むところだ」


「――じゃあ、そろそろ決行するのね?」


「はい。諸々の準備もあるので、二日後にしましょう」


 クジラ火薬を使った大爆発によって島クジラに敵がいるように勘違いさせ、第三の胃を逆流によって魔獣の守りが手薄になった隙をついてさらに先へと進む。とりあえず、これが今回の目的だ。


「デコ、ミラ、ありがとう。俺のわがままに付き合ってくれる決心をしてくれて」


 第三の胃以降も、デコとミラは隆也に協力をすると申し出てくれた。


 胃以降の器官は、ずっとこの体内で生活を続けてきた二人にとっても、何が待ち受けているかわからない場所である。隆也だけを送り出す選択肢も当然あったわけだが。


「二人で散々話し合って決めたことだよ。もう付き合うと決めた以上は、ここを無事に脱出するか死ぬまで付き合うよ」


「そういうこと。どうせこのままここで生きながらえても、まともなことなんて何一つない――なら、最後に一縷の望みをかけて、タカヤに託してみようって」


「ありがとう二人とも。じゃあ、最後まで頼らせてもらうよ」


 そうなれば、三人は一蓮托生だ。


 やられるときも三人。脱出するときも三人。


 胸を張って、外で待っているラルフに会いに行こう。


「これから第一の胃、第二の胃の入口にそれぞれ爆薬をしかける。爆薬のほかに仕掛けるものがあるから、手分けしてじゃなくて、三人一緒に作業をやろう」


「「了解」」


 長い間胃の中に住み、胃の中であれば構造をほぼ熟知しているデコとミラに、隆也のもつ特別な能力。


 島クジラを中から破壊してやるつもりで、二日後は挑むつもりだ。


「クジラ火薬を原料に改良して、爆発力を高めた爆薬。そしてあとは――」


 二人が寝静待った後、隆也は一人、最後の仕上げに取り掛かっていた。


 ※


 二日後、準備のほうは滞りなく完了した。


 一か月で採取し、加工できた爆薬の量は、島一つをのみ込むようほどの島クジラの胃に較べればちっぽけだが、それでもかなりの量にはなったと思う。


 設置場所は第一の胃の入口付近に全体の三分の一、第二の胃にはまんべんなく残り全てを設置した。


 隆也の能力で胃壁を鑑定してみたところ、頑丈さという点でいうと第一、第三、第二の順で強いことがわかった。第一の胃でまず異変を感じさせたうえで、第二の胃で大爆発を起こして、胃壁をずたずたにし、異常を感知させる。


「――導火線の準備ができた。合図してくれればいつでも着火可能よ」


 設置した爆薬に時間差で着火するため、爆薬への加工のほか、導火線の役割をするための粉も同時に作っている。それを伝って爆薬にも着火させる仕組みだ。


「みんな、用意はいい?」


 隆也たちの無事を守ってくれたこの拠点とも、おそらくこれでおさらばになる。隆也は1か月程度だが、デコとミラはそれなりに愛着もあっただろう。


「……大丈夫」


「派手にやっちゃいましょう」


「よし、じゃあ作戦開始!」


 隆也の言葉を合図に、ミラが第一の胃に設置した爆薬へと『着火』した。


 一応、第一の胃、第二の胃とも、拠点からはそれなり距離を取っているが、それでも衝撃はかなりのものになる。吹っ飛ばされた樹や衝撃波で拠点が崩れる可能性もあるので注意はしておかなければならない。


「そろそろかな――三、二、一、」


 ――ドッッ!!!


「うおっ……!」


 少しの間があってから、隆也の視線の先で、真っ赤な光の閃光が迸った直後、大爆発が起こった。


 耳をつんざく爆音と地鳴りのような衝撃に、隆也たちは思わず体を体を寄せあった。


「す、すご……」


「タカヤ、あなた、本当になんてものを……」


 二人が呆れた声を出すが、隆也も意外だった。もちろん出来る限り爆薬の能力は高めたつもりだったが、まさかここまでの威力になるとは。


 加工した物質の威力は、それを作成したもののレベルに大きく依存するから、おそらく加工・調合能力については、この一か月で最高レベルに成長しているのかもしれない。


「驚いている暇はないよ、ミラ、次お願い!」


 ボオオ、という鳴き声が胃の全体に響き渡り、拠点全体は激しく揺れ始めた。


 予想より少し早く逆流が始まりつつあるか。


 だが、こちらにとっては逆に好都合だ。


「邪魔な門番ごと、まとめて吹っ飛べ」


 ――ドドドドドッ!!!!


 直後、第二の胃への入口からも、凄まじい光のあとに、熱風が吹き荒れた。


 ――あああああああああああああああああああああああああッッ!!!!


 さすがにこれは大きなダメージとなったのだろう。胃全体を震わせる島クジラの叫びの後、第二の胃の入口から、大量の消化液とともに、ダークジャークが押し出されてきた。


 消化液で傷ついた胃壁を修復しつつ、侵入者を排除する――。


 島クジラの想定としてはそんなことろだろうか。


「ミラ、最後の仕上げを」


「うん――着火」


 しかし、それこそ、隆也たちにとって、邪魔な門番を一網打尽にする絶好の機会だったのである。


 ――ボグンッ!!


【GI――!!!!???】


 ちょうど第二の胃の入口少し前に仕掛けていた最後の爆薬に着火した直後、激しい爆風とともに飛び散ったのは、爆炎を纏った無数の真っ黒な礫と、そして、細かく鋭い礫によって全身を穴だらけにしつつ細切れになったダークジャークの大群だった。


「お手製のクレイモア地雷ってところだけど……上手くいったみたいだ」


 隆也が最後に用意していたのは、この真っ黒な礫。そしてその加工済みの素材の名前は、アンブレイカブル。


 そう、この一か月で隆也が見つけたのは、クジラ火薬だけではなかったのである。


 

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