第306話 残りかす


 その後も隆也は針を投げては釣り上げ、投げては釣り上げを繰り返し、目的のものを採取する作業を続けた。


 本来なら下に降りたほうが手っ取り早いのだろが、危険度との天秤を図ればこの方法ぐらいしかない。


「……今日はこんなもんかな」


 今日の成果は、大小あわせて5個。色味も、色が濃かったり薄かったりしている。


 魔獣たちの注意を引くための餌がなくなったところで、今日のところはいったん引き上げることに。色々素材を変えて調べてみたが、やはりあれだけの量に対して餌の量が足りないのだろうか、ダークジャークは隆也が作った撒き餌をすべて食らいつくしていた。


 これなら、さらに色々と策を講ずることができるかもしれない。


「タカヤ……君、意外と悪い一面もあるんだね」


「俺は聖人じゃないですからね。やられた分は、きっちり利子付けて返さないと」


 今もゆっくりと隆也たちを自らの養分にしようと消化液を分泌しつづけている島クジラや、その島クジラをあてがった少女には、きっちりとやり返さなければならない。


 そのために、今は焦らずじっくりと準備だ。


 拠点に戻ってから、隆也は今しがた採取してきた素材の鑑定を始める。


「うっ、時間を置くとさらに匂いがやばいことになってるな……」


 バッグから取り出すと、まず隆也の鼻を強烈な臭気が襲う。ガソリンのような、工事現場を通りかかると臭う化学薬品のような、数秒間だけでも頭がくらくらしそうになるほどだ。鑑定のために一部だけ取り出して、残りは麻の布に何重にも包んで隆也のバッグの中へ。


 一旦外に出、ミラにほんの一つまみ分だけ着火してもらったが、それでも激しい爆竹並みの威力がある。


 隆也の想定だと、この素材はまだまだ大量に集めるつもりだから、保管場所はきちんと考えておかなければならない。


 引火させるにはわりと長く火に当てる必要があるので、ちょっと火花散ったぐらいでは反応しないだろうが、しかし、もし引火して大爆発でも起こそうものなら目も当てられない。


「消化済みのものが色々混ざってるみたいだな……石、金属、土のなかの微生物、あとは他の……栄養を吸い取ったあとの残りかすみたいなもんかな」


 隆也は、これを『クジラ火薬』と名付けることにした。おそらく島クジラにとってはただの排泄物なのだろうが、隆也たちにとっては莫大なエネルギーを備えた必要な物体だ。


「タカヤくん、それで、この後はどうするつもり?」


「……想定通りに行くかはまだわかりませんが」


 そう前置きして、隆也は二人に計画を話すことにした。


「まず俺の目的は島クジラからの脱出なので、どうしても第三の胃を突破する必要があります。でも、今の状況じゃ無理矢理進むにもリスクが高すぎる」


「だろうね。あの数じゃ、僕たちじゃあっという間に餌になって終わりだ」


「そうです。なので、出来るだけあそこにいる敵の数を減らす必要があります。もし可能なら完全に排除しておきたい」


 そして、その方法がおそらく一つだけ存在する。


「島クジラの胃を逆流させて、第三の胃からダークジャーク無理矢理追い出すんです。そうすれば、難なく抜けることできる」


 もちろん、逆流がおさまればダークジャークは戻ってきてしまうので、場合によっては一方通行を覚悟する必要はあるが。


「それで必要なのが、このクジラ火薬ってわけです。もちろん、まだ余計な物質が入っているので、威力を上げるために改良を重ねるつもりですが」


「そういえば、まだまだ全然足りないって言ってたね……もしかしてタカヤ、君はまさか……」


 二人も隆也の意図していることに気づいたようだ。


「ええ。胃の入口付近で、大量に集めたクジラ火薬を使って大爆発を起こします。それによって敵が来たと島クジラに勘違いをさせて、逆流を意図的に引き起こす」


 もちろん目論見が外れる可能性はあるものの、現状、手持ちの札で隆也たちができることといえばそれぐらいしかない。


 だからこそ、せめてド派手にぶっ放してやろうと隆也は考えた。


 素材集めからのスタートだから、かなり長い期間がかかるだろう。クジラ火薬の威力をあげるために加工能力をフル活用するとはいえ、先程の威力から逆算して考えると、一発勝負のために、一か月、いや、二か月以上をふいにしなければならない。


「相当気の長い話になりますが……手伝ってくれないでしょうか。俺には、お二人の力がどうしても必要なんです」


 二人がいなければ単純に作業量は倍以上になるから、さらに計画の実行に時間はかかる。特に、魔法が使えない状況ではミラの『着火』が必要不可欠だ。


 着火の異能は、燃やすことができるものなら、ほぼすべてで火をつけることが出来る。危険が伴うが、必要な人材だ。


「お願いします。俺にラルフともう一度会うチャンスをくれませんか」


「……そう言われると断りづらいのに……タカヤ、君はずるい奴だな」


 ずるいと言われても、隆也はそれでも二人を何度も巻き込むしかない。


 隆也の能力は、誰かの協力があってこそ意味があるものなのだ。


「デコ、ここはもうやるしかないんじゃない?」


「……だね。ミラ、君には迷惑をかけるかもしれないけど」


「いいわよ別に。あなたを選んでラルフを見捨てちゃったのは、私の判断なんだから」


「……ありがとうございます」


「お礼はちゃんと脱出が成功した時だろ? 僕だって出来れば大人になったラルフに会ってみたいからね」


 こうして改めて二人の協力を取り付けた隆也は、素材集めをデコとミラの二人に任せつつ、作戦の成功のために生産加工能力を全開にさせる。


 火薬の改良や、その他、ありとあらゆる方法で内部から島クジラをズタボロにするために。

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