第305話 釣り
翌日も、隆也はデコとミラを連れて、第三の胃へ赴いた……わけではなく、朝起きてから、隆也は寝る場所にあてがわれたスペースを使ってとある作業をしていた。
傍らには昨日、ここに戻ってくる途中で切り取らせてもらった長い木の枝がある。
胃の中なので環境は最悪だと思うが、枝のほうは意外に丈夫で、かつよくしなる。
これから作る道具にはうってつけのものだ。
「今日は何をやってるんだ?」
「釣り竿を作ってるんですよ。以前ベイロードで釣りをしたときに一度だけ作ったんですが……うん、やっぱり昔のより断然こっちのほうがいいな」
「そういうことじゃなくて……今日はどうするんだ? 行かないのか?」
「もちろん行きますが、コレの出来を確かめてからですね」
「そうか? なら、気が済んだら呼んでくれ」
デコがミラと一緒に第一の胃へ探索へ行ったのを見送ってから、隆也は再び作業にもどる。
「竿はこんな感じかな。後は糸と針だけど……」
服に使われている糸を再利用することも考えたが、それでは糸を垂らしている途中でちぎれる可能性があるので、ちょっとやそっとの重さでも問題のない強い素材が必要だ。
「植物の蔓……はダークジャークの電流にやられて焼ききれちゃいそうだし、魔力で強化しようにも魔法は使えないから……」
どうしたものかと部屋の中をわけもなくぐるぐる歩き回って考えていると、ふと、仕込みのために塩漬けにしているダークジャークの肉が目に留まった。
頭、胴体、そして尻尾の部分とある程度食べやすい大きさに一部切り分けていたのを見て、隆也は閃いた。
電流をものともせず、そして、わずかに触れるだけで突き刺さりそうなほどに鋭い牙――。
「……試してみる価値はありそうかな」
※※
そのさらに翌日、隆也は改めて第三の胃へと向かう。第三の胃の内部は、前回来たときよりも消化液の分泌が多く、胃の三分の一ほどの深さにまで達している。
もちろん、ダークジャークの大群も、その分だけ隆也達に近い位置で元気に消化液の中を泳ぎ回っている。
やはり隆也の考えは正解だったようだ。
「穴も塞がっているし、今日はこの前以上のひどさね……ってタカヤ君? さっきからずっと思ってたけど、釣り竿なんて持ってこれから何するつもり?」
「釣竿を持ってるんですから、それはまあ、釣りになりますけど」
といっても、釣りあげるのはダークジャークではない。昨日食べたダークジャークの肉も、きちんと処理すれば美味しく頂けることがわかったが、さすがにこの前のような危険な戦闘はゴメンだ。
ダークジャークの皮を加工して紐状にしたものと、そして、その先端にしっかりと括り付けた釣り針上に加工した牙。
これで、隆也は目的のものを釣りあげてしまおうともくろんでいるわけだ。
「これからちょっと危ない足場に行くから、二人はそこで俺が落ちないよう、命綱をしっかり握ってください。……じゃあ、行ってきます」
釣りに使う紐以上に厳重により合わせた命綱をデコとミラの二人に任せて、隆也は消化液の滴る触手を、即席のゴム手袋でしっかりとグリップしつつ、胃壁の突起物に足をかけて、ゆっくりと目標の位置に針を下ろせるように狙いをつける。
「と、その前に……」
隆也は胃の出口の方へむけて、バッグの中から団子のようなものを投げつける。
ぽちゃん、と音がした瞬間、餌を求める釣り堀の魚のように、ダークジャークが落ちた位置に殺到する。
侵入者を排除するためか、はたまた単に腹が空いているのか。ちなみに、先程隆也が投げ込んだのは、ダークジャークの肉をすり身にし、その他の材料で嵩増しをしたうえで丸めたもの。
つまり共食いである。気の毒な気もするが、隆也としても目標のために必死なのだ。
「今のうちに……それっ」
ダークジャークがいない場所へ針を落とす。消化液は濁っているため、その先の獲物をゲットできるかどうかは、隆也の指先の感触にかかっている。
釣りといったら磯や浜辺あたりでのんびりするものだが……隆也の釣りははっきりいって命がけである。
「! あった……ちょっと重いけど、うまく引っ掛かってくれれば」
くん、と針が獲物とにしっかりと食い込み、糸がしっかりと張ったところで勢いよく竿を引き上げた。
「その物体は……まさか、最初からそのために」
デコやミラも驚いている通り、釣り針に引っ掛かっていたのは、先日の探索の際に発見していた爆発物だった。
隆也が朝からわざわざ手間暇かけて工作に励んでいたのは、これを大量に採取してくためである。
「さて、と……今のうちに、また同じように釣りあげていきますよ」
前回の探索時にまだいくつか胃の出口から逆流していたはずだから、そこの方にはまだあるはずだ。
今回の脱出に欠かせない武器であり、そして鍵になりうる存在――出来る限り、全て取りつくしてしまおう。
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