第303話 間章:リベンジャー


 ※※※


 依頼主であるタカヤが島クジラに飲み込まれてしまった。


 俺のせいだ。直前に何者かの妨害があって、それによって強烈な海流に巻き込まれ、今は共同戦線を張っているモルルとともに島クジラから大きく離れた場所にまで流されてしまった。


 助けなければならない。望みは薄いかもしれないが、意外に丈夫で悪運の強いタカヤのことだ。絶対に生きて、俺の助けを待ってくれているはずだ。


 体力は幸いまだあるし、モルルの異能力のおかげで、魔界の倉庫から回復薬の補充もできる。


 飲まれてからそう時間はたっていない。


 すぐにでも救出に向かわなければならない。


「――ごめんね、君たち。僕はべつに君らのことなんてどーでもいいんだけどさ。僕がいかないとがうっさいからさ」


 だが、そんな俺たちの行く手を、一人の少年が阻んでいるのだった。


「え? 誰だお前って? 別にいいでしょ、そんなこと聞かなくてさ。今の僕はただのお邪魔虫ってことにしておいてよ」


 水中、しかも深海にいるにもかかわらず、少年はまるで地上にでもいるかのように平然と言葉をしゃべっている。魔法で水圧による防御もしていないし、装備についても、まるで寝間着のような薄っぺらい生地の上下のみ。


 体の線もやたら細い。まるで子供だ。


 明らかに、ただのお邪魔虫とはいいがたい。異常な状況である。


(ラルフさん、どうするんですか?)


(そんなの、アイツをぶっ飛ばして進むしか……)


 モルルの問いにそうは言ってみるが、なかなか突破できないから、こんな状況になってしまっている。


「――無駄なんだから、諦めればいいのに」


 先ほどから何度も、俺は突破を試みていた。深海の環境をものともしていない少年だが、水中での動きはどうにもぎこちないのでそこさえ抜けてしまえば追いかけてこれないと踏んで、全速力で突破を試みようとするのだが。


(……ぐっ!?)


「だから、そっちはダメなんだって。君たちに限って言えば、ここから先の通り抜けは『許可』されていないんだから」


 そう。この少年が言う通り、俺がどれだけこの少年から遠回りして先へ進もうとしても、どれだけ全速力で水を蹴っても、まるで見えない壁にでも阻まれているようにして、元の位置にまで戻されてしまう。


 モルルの異能についても同様だった。彼女も何度も試しているが、扉を作って通り抜けたと思った瞬間、なぜか元の場所に戻されてしまうという。


 まるで途中で空間がねじれたような感覚がするとモルルは言っていたが……それがあの少年の能力ということだろうか。


「だから、さっきから言ってるじゃないか。『僕のことを倒すことができたら通り抜けていいっていう【ルール】だよ』って。まあ、それはもっと無理な話なんだけどさあ」


 もう一つの方法がそれで、通り抜けが出来ない時点で、それも何度も試している。


 少年に何の恨みもないが、俺のほうも依頼主で親しい友人の命がかかっているから、容赦なく斬りかかった。使えるだけの魔法も連発した。


 そして、なんども少年を切り裂き、魔法が少年の体を焼いた。


 その手ごたえはあった。もちろんモルルも攻撃に参加している。


 だが、にもかかわらず――


「ああ……! いっ、っっっっったいなあもう……! あのさ、どんなことされても今の状態の僕は死なないからいいんだけどさあ、それでもさ、一応痛覚とかそういうのはさ、ちゃんと残ってんだよ? 人間だからさ、僕。ほんとひどいよ。人間じゃないよ君ら。まあ、一人は魔族っぽいから人間じゃないけどさあ」


 どれだけ俺の剣が少年を切り裂いても、モルルの一撃が心臓を貫こうとも、彼はずっとあんな感じで痛がる素振りを見せながら、俺たちに文句を垂れ続けている。


「どうしても僕だけこんな痛い思いしなきゃならないんだよ……僕はただ平穏に暮らせればいいだけなのにさ、アイツの口車にのったばっかりに見ず知らずの他人にこんなにも痛めつけられて……ああ僕ってなんて可哀そうな人間なんだろう。アイツ、帰ったら絶対ぶっ殺してやる、っていっても、アイツがいないと困ることもあるし……ああ、もう、本当可哀そうだな僕ってやつは――」


 放っておいたら、いつまでも続きそうな愚痴を一人でまき散らしている。


(……なんなんですかね、あの子。正直ドン引きなんですけど)


(不死身なのか何なのかは知らないが、精神的には追い詰められてるのかもな……)


 死ななくても、それだけ痛めつけてやれば、その苦しみで精神をおかしくして、勝手にここから離脱するかもしれない。


 体が殺せないなら、精神こころを――あまり乗り気はしないが、手段を選んでいられるような状態ではない。


(モルル)


(了解)


 俺の指示に頷いたモルルが、【倉庫】からいくつかの道具を取り出した。


 武器ではない。道具だ。拘束具や、瓶に入った細く黒い寄生虫などなど――所謂拷問具というやつだ。


 手合わせしてみて、少年には戦う能力がないことはわかっているから、捕らえるのは容易のはず。


 さっさと負けを認めさせて、早くタカヤのもとへ――


「……へえ、そういうことしちゃうんだ。人間だと思っても、やっぱり君らはただの鬼なんだね。人の心なんか失くした化物」


(それはこっちのセリフだ……!)


 今度こそここから突破するため、俺とモルル二人がかりで少年につかみかかろうとしたその時、


「……化物なら、人じゃないんなら、まあ、ちょっとぐらいは『お返し』してもいいよね? だって、獣に人権や法律は適用されないんだから」


(――!?? あ、ぐっ……!?)


 少年が俺へ向けて手をかざした瞬間、俺の視界の左半分が真っ白な光に包まれ、その直後に、直接炎であぶられるような強烈な痛みが俺の目を襲った。


(ラルフさん……!?)


(い、てえっ……! んだよ、これは……!!)


 水中にもかかわらず、俺の瞳を炎が焼き尽くさんとしている。必死でもがいて消そうとするが、まったく消える気配すらない。


「無駄だよ。その炎は、僕の復讐を果たすまでは絶対に消えない。さっき君が撃った魔法で焼かれた僕の瞳の痛みをそっくりそのままお返しするまでは――くくっ」


 そう言って、少年は口元に歪んだ笑みを浮かべたのだった。

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