第302話 クジラの迷宮


 デコとミラの話を聞いていくたび、この場所の異常さがどんどんと判明していく。


「まず、僕たちのいるこの場所は一番目の胃だ。ここで長い間時間をかけてゆっくりと泥状に溶かして、次の二番目の胃に運びやすい状態にする」


 まず、島クジラは、クジラという名前がついているのと、外見がそれっぽいだけで、中身はまったく別物らしい。


 まず胃だが、彼らが調べた限りで最低でも三つあるそうだ。彼らの故郷がまるごと胃の中に取り込まれたのが今から十数年前だが、飲み込んだ土壌や植物などはまだ半分ほどしか溶かされていない。


「デコさん、さっき最低でも三つって言ってましたけど、それって……」


「僕たちが探索できたのは、三つ目の入口付近までだ。それ以降は危なくて進めなかったから……」


 つまり、四つめ以降があるかもしれず、そして、仮にそこを抜けても、さらにその先がある。


 生物であれば、そのまま消化器官を通って肛門から脱出するのが普通……いや、まずこの状況が異常だが、今はそこは考えない。


「あともう一つなんだけど、ここ、なぜか魔法が使えないのよ。私はこの『火打』のほかに、ちょっとだけ才能があるけど。こいつの胃の中に飲み込まれてから一切発動しなくなっちゃったの」


「念じても発動しない感じですか?」


「いえ。発動しない、というよりは、魔力を体外に放出した直後に、急速に魔力がしぼんでいくって感じね。まるでなにかに吸い取られているような」


 十中八九、魔法の発動を制限されている。以前に光の賢者にやられたことのある魔法の使用を制限する結界と似ている。


 そうなると、ますますこの島クジラ、およそ自然に生み出されたものとは思えない。


 クジラにしては明らかに不自然な内臓の構造、そして魔法の発動を制限する術式の展開。


 魔獣というより、これではまるで――。


「あ、ミラさんに訊きたいんですけど、さっきの戦闘でやった爆発、あれってどんな素材なんですか?」


 見ていた感じ爆薬などの類ではないが、効果は十分なように見えた。


 あれなら今の隆也なら十分戦闘に組み込めるし、改良次第でさらなる威力の増加も見込める。


「ああ、あれね……私たちも探索中に拾っただけで、ちょっとの火でもあっという間に爆裂する以外はなにもわからないの。確か、二番目の胃を探索してた時に拾ったやつだっけ?」


「うん。消化液だまりの中で明らかに不気味な色した物体が浮いてたからさ。あんな感じで逃げる時や注意を引くときなんかは、重宝させてもらってるよ。といっても、たまにしか取れないんだけどね」


 研究用に少し譲ってほしかったが、あいにく先ほどのものが最後で、欲しいのであればまた探索しなければならないという。


「――とにかく、今日のところはもう休もう。胃の中だから、どうしてもその動きにあわせて微妙に揺れちゃうけど、まあ、しばらくすれば慣れると思うから」


「ですね」


 話をしていた時は我慢していたが、これまでの戦闘で精神力を使い果たしたのか、瞼がやけに重い。用意された寝床はお世辞にもいいものはいえないが、それでも、入った途端すぐに眠りに落ちてしまいそうだ。


「水分が欲しい時はいつでも言ってくれ。僕のほうで作ってあげるから」


 家の中にはろ過のための道具があり、胃の中で水分を含んだ泥などから不純物を取り除き、それを飲み水にしているという。


「ちなみにその水分の元は……」


「……知りたいなら教えるけど」


「やっぱりいいです」


 予想は出来るが、聞くときっと飲めなくなってしまうから、曖昧にしておいた方が身のためだ。


 回復薬以外で初めてのまともな水分を飲み干して、隆也は床についた。


 ぼんやりと建物の天井を眺めながら、隆也は傍らの道具袋を引き寄せた。


「モルルからはなんの反応もなし、か」


 島クジラの体内は魔法の使用は不可だが、異能の使用は出来る。なので、モルルの異能である『倉庫』で、隆也のもとへはすぐに移動できるはずなのだが。


「ラルフ、モルル……無事でいてくれればいいけど……」


 少女の手によって引き離された二人の仲間のことを心配しつつ、隆也はいったん、眠りへと落ちた。

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