第301話 生き残った集落


【GGGG――!!】


「っ……!」


 セイウンの刃がダークジャークの神経に届いた瞬間、最後のあがきのように体が激しく跳ねる。


 同時、わずかに隆也の体を電流が襲うものの、額の放電器官は破壊しているし、神経を断ち切ったことにより、そこから先は沈黙しているので、痺れによる痛みも最小限にとどまった。


 もちろん、手や靴に加工した滑り止めのゴムもダメージの緩和に一躍かったはずである。


「こん、の……!」


 渾身の力を込めて手首を返した瞬間、ごりっ、という感触とともに、敵の動きが、操り糸を失ったかのように制止し、その直後に、その体をぐったりと地面へと崩れ落ちさせた。


「大丈夫か?」


「なんとか……」


 ダークジャークが完全に沈黙したところで、隆也のもとにデコとミラが駆け寄る。


 デコとミラはほぼ無傷。隆也はダークジャークとの格闘の際、腕に小さな擦過傷ができたものの、それ以外は大した傷はない。ただ、戦いの興奮が落ち着いたときに痛みが出る可能性はあるが。


「しかし、まさかあのサイズを一発で仕留めるなんてね。それ、いい道具じゃないか。もちろん、本人の度胸もあるけど」


「借り物なんですけどね。でも、俺にとっても自慢の一振りですよ」


 改めて、隆也はラクシャに感謝しなければならない。


 そして同時に、自分もこれに負けない二代目の相棒をきっちり作り上げなければならない、と。


 そのために、まずはこのバカげたゲームから脱出しなければ。


「とにかく、今はここから離れましょう。またいつ同じ奴が襲ってくるかもわからないし……それに、落ち着いてラルフのことも聞いておきたいから」


「わかりました。でも、その前に……」


 ダークジャークから素材をいくつかはぎ取っておくことにする。隆也にとって脅威だった毒牙や放電器官なども、こうして狩って自分のものにすれば、自分を助ける便利な道具となる。


 とくに透明なビー玉のような形の放電器官……今は沈黙しているが、上手く手動で放電することができれば武器としても大きな出助けとなってくれるだろうから。


 あと、これは本当に少しだが、肉もそぎ落として食材としておくことに。猛毒のヘビだが、鑑定した感じは身のほうまでは毒は回っていないようだし、触るだけで手袋がてかてかに光っているので、それだけ脂ものっている証拠だ。


 さっきまで戦っていた憎き敵だが、この環境下ではそういうことも言っていられない。生きるためには、なんでも利用するのだ。


 ※


 デコとミラ、二人の案内で、隆也は二人が現在拠点にしている場所へ訪れた。


 驚いたことに、そこにはきちんとした集落があった。泥が積みあがって丘のようになっている場所のてっぺんに、家があり、家畜がいて、作物が育てるための畑もある。


 島クジラの体内という環境上、どうして土は酸性なので栽培できるものはイモぐらいだが、それでも逞しいことだ。


 時折上部から降り注ぐ消化液は、樹木の葉や幹の表皮、食料とした魔獣の皮や体毛などをかけて防いでいる。


「ここは胃の内部のちょうど中頃くらいかな。ここあと10年ぐらいは大丈夫そうだけど、いずれはここも捨てなきゃならない」


 二人の話によれば、ここの場所には少数だが、他の人たちもおり、すべて島クジラによって故郷を丸ごとのまれたときの生き残りのようだ。


「ラルフが家を飛び出したって聞いて、それで、デコと二人で彼のことを探し回ってたの。そしたら急にこれまで感じたことのない地震が起きて土砂に飲み込まれて……気づいたときには、私たちはすでの腹の中だった」


 この時難を逃れたのは、集落の外に出ていたデコとミラ、そして、ちょうど夜の漁から戻ってきたばかりの若い漁師たちだという。


「ということは、ラルフのご両親は……」


「僕たちもずっと探しているけど……おそらくは、もう、」


 残念ながら、そうだろうと思う。せめて亡骸ぐらいは見つけたやりたいと、これまで暇を見ては探し回っていてようだ。実際、彼らの住む家の脇に、小さな墓がいくつも並んでいた。


 ラルフの両親のことは残念だったが……そのおかげで、隆也は窮地を脱したことになる。失礼かもしれないが、その点については、心の中でしっかりと感謝することにした。


「でも、よかった。もしかしたらラルフも巻き込まれて死んじゃったんじゃないかって思ってたんだけど……そう、彼はちゃんと夢をかなえることができたのね」


「世界最高かどうかはともかく……生きていてくれてよかった。……ありがとう、タカヤ。彼と友だちになってくれて」


「いえ。礼の言うのは俺の方です。ラルフがいなければ、俺ももうこの世にはいなかったかもしれなかったんで」


 そこからしばらく、三人はラルフについて色々と話をした。デコとミラからは幼少の時のラルフの内緒話、隆也からはラルフの現状や、仲間、一緒にやった仕事について。


 共通しているのは、三人にとって、ラルフはとてもいい奴で頼りになる人間であることだった。いつも集団の中心にいて、太陽のように明るく周囲の気分を楽しくしてくれる。何かあった時は真っ先に駆け付けてくれる。


「そっか、頑張ってるか……」


「また会いたいね……」


 一息ついた後、隆也の話を聞いた二人がそう呟いた。


「きっとまた会えますよ。ラルフも二人が生きているって知ったら、すごく驚くはずです。だから、そのためにここから一緒に脱出を――」


「――いや、残念だけど、それは出来ないと思う。君を助けた手前、申し訳ないけどね」


 きっぱりと、デコは隆也にそう言い放つ。断言、といってもいい口調だが――。


「タカヤ君、あなたはまだ巻き込まれたばかりだから知らないだろうけど、私たちも色々頑張って探索してみたの。当然、この胃以外にも行けるところは全て。……その上で、私たちは今、こうして胃の内部を移動しては命を長らえてる」


「脱出はどう考えても無理、と?」


「ええ。そもそも、この場所だって、島クジラにとってはほんのまだ入口の入口にしか過ぎないんだから」


 そうして隆也は、ミラやデコの口から、島クジラの全貌を知っていくことになる。

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