第299話 ラルフは生きている
「ああもう、なんでこうタイミングの悪い……!」
魔獣の体内で、せっかく協力してくれそうな人たちが二人も見つかったと言うのに、もっとも最悪なタイミングで、隆也にとってもっとも嫌な敵が出現してしまった。
確かに一緒に体内には飲まれただろうし、そもそも島クジラの体内からも出てきていたので遭遇する可能性はゼロではないだろうが。
すぐさまセイウンを抜いて対峙する。このぬかるんだ足元では逃げるのも難しいが、それよりも問題なのは、
(大型か……さすがにこいつには勝てない……)
ということだ。
つい先ほどダークジャークを倒した隆也だが、あれは特に小型の個体であり、ほとんど事故のような状況を作ったから勝てただけで、はっきり言って偶然に近い。
で、今回の個体だが、前回戦ったものより倍……いや、三倍ぐらいはある。セイウンの刃が通らないということはないが、互角に渡り合うことは、今の隆也には土台無理な話だ。
急所は、ある。以前の戦いで判明したことだが、ダークジャークには額に浮かぶ固い鱗に覆われた放電器官の奥にある脳神経があるのだが、それを断ち切れば、即死はさせられずとも無力化することはできる。
だが、隆也には一対一での戦いの中で、相手の激しい攻撃をかいくぐりつつ的確に急所を狙うような戦闘技術はない。
なので、協力してもらう必要がある。
敵の注意を引きつつ、隆也が敵を一撃で仕留めるお膳立てをしてもらう人が。
【GI――!】
「づっ……!?」
隆也の行動を待たず、敵が体表に電流を纏って襲い掛かってくる。大型だけあって、放電量もかなりのもので、迂闊に近づくとそれだけで感電させられてしまいそうだ。
(あの二人は……!)
間一髪のところで体を草陰に身を投げて攻撃をかわした隆也はすぐさま顔をあげて周囲を見渡した。
おそらくはラルフの幼馴染であろうデコとミラの二人。こちらまではまだ距離はあるが、さすがに隆也が危険な状況には気づいているはずだ。
隆也がこの状況を切り抜けるためには、あの二人の協力が不可欠。
【GGG――!!】
「ちょっとは手加減してくれてもいいだろ……って!」
牙をむいてこちらに飛びかかってきたダークジャークが大口を開けた瞬間にあわせて、隆也は持っていたポーションを投げつけた。
【gッ!?】
ポーションといっても、元の素材がポーションというだけで、中身の成分はまるっきり毒薬だ。ポーションの成分と反応して強烈な催涙作用を引き起こす素材を魔力錬成で作製したもの。
魔力錬成でポーションのような調合済みの完成品を作る場合は体への負担が激しいものの、単一の素材だけならまだ魔力の消耗や魔力回路への負担は少ない。
これでも、ほんの数秒動きを止めるだけだが、それだけあれば時間稼ぎには十分だろう。
泥で滑る足元をなんとか踏ん張って、隆也は二人へと向かってと飛び出した。
激しい戦闘を察知して逃げようとしている彼らを呼び止めるために。
「デコさん、ミラさん!」
「「っ……!?」」
隆也が名前を呼んだ瞬間、二人の体がほぼ同時に固まる。
どうしてその名を、とでも言いたげな表情。
やはり、正解だったようだ。
眼鏡をかけた真面目そうな青年がデコ、そして長い赤髪のポニーテールの女性がミラ。冒険者並みとはいかないが、それなりに装備は整えている。
「どうして僕たちの名前を……いや、会話を盗み聞きされていれば当然か」
「そうね。こんなところに人間がいるなんて想像してなかったでしょうから、あなたが警戒する気持ちはわかるけど。でも、だからと言って、」
助ける気も、その義理もないということか。
確かに、彼らにとって隆也はまったくの赤の他人でしかない。おそらく十数年以上、島クジラの体内で生活をしているだろうから、ダークジャークの危険度も当然知っているはず。
危険なことには極力首を突っ込まず、逃げる。
それこそ、この世界で長く生きるためのコツだと、隆也も思ってはいる。実践できているかは甚だ疑問だが。
だが、それでは隆也はここで島クジラに消化される前に、ダークジャークの餌食となってしまう。
(自分勝手な考えなのは百も承知……でも!)
なんとしても二人を巻き込まなければならない。
そのためには二人にとって『ただの赤の他人』でしかない隆也を、切り捨てることができない『知己』へと認識を変えなければならない。
そのために、隆也が出来ることは――。
「すまないが、僕たちはこれで失礼するよ。なぜかはわからないけど、アイツも君に随分ご執心な様子だし」
【GIGUG――!】
丸い瞳からどろどろとした粘液を垂らしながら、ダークジャークが毒液交じりの咆哮を上げる。
敵の親玉からの命令はまだ継続しているのか、ダークジャークの標的はどうやら隆也たった一人らしい。
「……ごめんなさい。あなたが悪い人じゃなかったとしても、私たちはまだ死にたくないから」
そう言って二人が隆也のもとから姿を消そうとした瞬間、
「デコッ、それにミラッ!」
隆也はとある一言を投げつけた。
「――ラルフは生きている!」
「「えっ……!?」」
一度は見捨てようとした二人の瞳が見開かれたのを、隆也は見逃さなかった。
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