第298話 生存者


 消化液にまみれた神殿を避けつつさらに奥へと進むと、隆也の目の前には、異様な光景が広がっていた。


「森がある……? 胃の中で成長しているっていうのか……」


 生物でも土地でもおかまいなしに胃の中に納めてしまうわりには消化液の分泌量が少ないから、おそらくここから長い年月をかけてじっくりと溶かしていくのだろう。


 消化液は絶えず上からぽつりぽつりと落下してきてるが、それを受け止める植物たちには、やはり隆也同様影響は少ないように見える。無機物と有機物で消化速度が異なったりするのかもしれない。


 奥から漂う腐臭に一瞬ためらうが、ここで立ち止まっていても意味はない。危険はもちろんあるだろうが、脱出のためだ。鞘からセイウンを引き抜いて、隆也は周囲を警戒しつつ進む。


 まるでどこかのダンジョンに迷い込んだような形だが、ここはクジラの体内だ。胃があり、腸があり、そして肛門がある。そして、その通り道は迷路ではなく一本道で、必ず出口がある。


 ――ギャア、ギャア。


 遠くから魔獣と思しき鳴き声が響いている。これだけの規模の密林があるので生物もいるだろうとは思っていたが……こうなるとますますここがクジラの体内だと信じられなくなる。


「? 今、何か光ったような……」


 消化液でぬかるんだ足元に気を付けつつ進んでいると、ふと、前方のほうでオレンジ色の光が瞬いたような気がした。


 今は魔力の節約と、できるだけ暗闇に目を慣れさせるために魔石燈の灯は消している。なので、そちらと勘違いした可能性は低い。


「……い、――じゃ……か……?」


「……き……か……ら……」


(! これは人の声か……?)


 隆也はとっさに草影に身を隠し、息を潜める。


 胃の中で魔獣が生きているのも驚きだが、隆也以外にも巻き込まれた人がいるということか。


 島クジラに隆也が飲まれる少し前のこと、島クジラは突如として神殿近くに現れた。おそらく『管理者』を名乗る謎の少女の仕業だろうが、その直前に被害にでもあった人たちか。


 ただ、そうなると、島クジラの生息域から考えて、声の主たちは境界のどこかの住人ということにならないだろうか。


(それはそれでヤバいな……友好的な話が出来ればいいけど)


 徐々に足音が隆也のほうへと近づいてくる。


 耳を澄ますと、話声はやはり人間のようだ。男と女の二人組。


 ばちゃばちゃと足音がなっている様子から、冒険者というか、訓練された人のものではない。タカヤもアカネから教えてもらい始めたばかりで未熟だが、それでも隆也のほうがレベルは数段高い。


「……ミラ、どう思う?」


「まだ私たちの消化が終わってないお腹いっぱいの状態だから……デコ、なんか使えそうなものありそう?」


「残念ながら。……入口付近まで行ってみるしかないね」


 そう言って、二人は隆也に気づかないまま、通り過ぎていく。


 詳しいことはわからないものの、やはり内容を聞く限り、彼らは隆也以前に島クジラに取り込まれた人たちで間違いない。まだ胃の中にこうして大量の『栄養』が残っているにも関わらず、大量の海水がなだれ込んできたので偵察に来た、と。


 そこについては、隆也も気にしていない。弓や刃物など武装はしているようだが、あくまで護身用という感じだろう。レベル的には隆也とそう変わらないはず。


 引っ掛かったのは、デコとミラという、二人の名前。


 二人の名前のことを、隆也は覚えている。


 デコと、そしてミラ。


 以前、ラルフが自分の故郷の話をしてくれた時に登場した、彼の幼馴染二人のことだ。


 ラルフが故郷を失ったのは、十数年前。島クジラの捕食によって、周辺地域丸ごと海の藻屑となったと思われていた。


 だが、こうして内部に飲み込まれたこと、そして、人体や生物には効果が薄いことなど、ここにきてわかった情報を総合すると、


(ラルフの故郷は、まだ消化されずに残っていて、あの二人も、奇跡的に助かっていた……)


 ということが言えるかもしれない。


 先程の二人の会話の中でも『私たちが消化される前に――』云々と出ていたことも、その推測を補強してくれる。


「……まあ、何はともあれ確認するしかないってことか」


 心を決めて、隆也は草陰から出て、ゆっくりと二人の後ろを追いかけていく。


「あの、ちょっと話を聞いて――」


「「え?」」


 隆也の声に気づいた二人が振り返ろうとした、その時。


 ――バチチチチッ!!!


【GⅠ―――!!】


「っ、こんな時に邪魔が入るとかッ……!」


 上空で青い電流が迸ったかと思うと、隆也の目の前に、大型のダークジャークが姿を現したのだった。

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