第296話 罰ゲーム


「はぁっ……!? なんだよ、そりゃあ……!!」


 全く想定外の攻撃にうめき声をあげたのはラルフだった。


 途中までは完全に想定通りで、この場からひとまず逃れて仕切りなおして――というところで。


 いったい誰が――と思ったが、術者と思しき存在はなにも感じない。


 隆也たちを奇襲し、さらに痛手を負っていた島クジラの傷を癒し、元の状態にまで戻す。


 ここにはいない誰かがちょっかいをかけているのは明らかなのに、どこにいるのか全くわからない。


 ただどこからともなく魔法陣が出現し、隆也たちを執拗に窮地に追い詰めようとしている。


 まるで盤面の上から自分たちのことを見ているかのように――。


【ごおおおおおおおお…………!】


「げ……ちょ、ちょっとアレまずくないですかね!? あのデカブツ、私たちのことあきらめてないみたいですよ!?」


 こちらの動きが止まった隙に、島クジラが大口を開けながらゆっくりとこちらへと迫ってきた。


 周辺の海水、魔獣たちの死骸、そして神殿――それらを丸ごとのみ込もうとしている。


「くっ、引っ張られて――」


 島クジラの強烈な吸い込みで、隆也たちはどんどん吸い込まれていく。


 ラルフが残った体力を使って魔法を、モルルが倉庫から道具を取り出し、できるだけ抵抗しようと試みるが、抵抗空しく、徐々に渦の流れに巻き込まれつつあった。


【……ふふ】


「! またこの声……」


 隆也の頭の中で、再び同じ少女と思しき声が響いた。


 やはり、先程の声は聞き違いではない。


 明らかに、誰かに見られていると感じる。


「? どうした」


「どうかしましたか? 何かおかしなことでも?」


 キョロキョロとあたりを見回す隆也に、ラルフとモルルが怪訝な顔を見せる。ということは、この声、二人にはおそらく届いていない。


 これは、隆也だけに向けられたメッセージだ。


【ああ、別にそちらから喋ってもらう必要はないよ。あなたの言いたいことは、だいたいわかるから。……お前は一体誰なのか? なんでこんなことをするの? 質問は概ねこんなところでしょうし】


「っ……!」


 その通りだ。お前は誰だ、どこの誰かは知らないが、邪魔をするんなら今すぐどこかへ消えろ――もしここが海中でなかったら、隆也はすぐにでも叫びたい気分である。


【ふふ、そんな怖い顔しないでよ。……えっと、まずは私が何者か、についてだったよね? う~ん、教えてあげてもいいんだけど、この状況だと色々と言葉足らずになりそうだし、今のところは秘密ってことで。二つ目のほうは至極単純な話で、私があなたと一緒に遊びたいからよ。タカヤくん? いえ、名上君……と言ったほうがよかったかしら?】


「ッ……!?」


 詩折の顔が思い出されて一瞬心臓が跳ねたが、彼女は詩折ではない。


 彼女は死んだ。それは間違いないはず。


【どうして名前を知っているか? それはね、知っている人に名前を訊いたからに決まっているじゃない。この子だあれ? って。そしたら――あ、これ以上言うなって叱られちゃったから、今のは忘れて】


 知っている人……ということは、考えられるのは詩折以外の別のクラスメイトか。今もクラスメイトたちは館から姿をくらませたままらしいから、そのうちの誰かと少女が接触し、情報が漏れた可能性は十分にある。


(……何が望みなんだ?)


【わかりやすいなあタカヤくんは。……まあ、さっき遊びたいとは言ったけど、半分はちょっとやり返したくなったっていうのが本音かな。この前の件のこと、忘れたとは言わせないよ?】


(この前の件……?)


【君のストーカーだった頭のおかしい女の子、いたでしょ? あの子をやっつけたときのこと。でしょ?】


 詩折との決戦の件だ。


 あの時、隆也とロアーは加工の才能を使って、自らの中にある素質を意図的に改造して、詩折とのだまし合いを制した。


 そのことを言っているのだろうか。


 というか、言っているにしても、なぜこの子がそれを知っている?


【ということで、『管理者権限』を用いて、タカヤくんにはちょっとした罰を受けてもらおうと思います。難易度調整ミスっちゃって、あの女の子はちょっと耐えられなかったけど……さて、君は無事にギガントウェイルから脱出は出来るのでしょうか。あ、もちろんお仲間の助けはナシ】


「ッ、またかよ……!」


「っ、やば――」


 少女がそう言った瞬間、隆也一人だけが、島クジラの起こすした渦に巻き込まれていく。タカヤを掴んでいたはずのラルフとモルルに、複数の白い腕が絡みつき、二人から隆也のことを問答無用で引きはがしたのだ。


【おおおぉぉぉぉぉぉぉぉ――】


「タカヤ!」


「ご主人様ッ!」


「ラルフっ、モルル……!!」


 白い腕の拘束の中で必死にもがいて互いに手を伸ばす三人だったが、それもむなしく暗い海中を掴むばかり。


【あっはは……! じゃあ、行ってらっしゃい。もし無事にクリアすることができたら、その時はご褒美として私の家に招待してあげるからねっ♪】


 カラカラと無邪気に笑う少女の声が響く中、隆也は成すすべなく島クジラの体内へと引きずり込まれたのだった。

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