第295話 妨害
「できた――!」
確かな手ごたえを感じて、隆也は小さく拳を握りしめる。
隆也がやったのは、あくまで素振りである。ただ、教えられたフォームを崩さず、しっかり振りぬく。
違うのは、その素振りの軌道上に敵がいるかいないか、それだけだ。
海中では手も足も出なかったであろうダークジャークだったが、陸における動きは緩慢で、飛びかかってくる動作も非常にわかりやすかった。
もちろんそれでも成功するかどうかは賭けではあったが、とにかく上手くいってくれてよかったと、隆也は安堵する。
――ビシッ!
「! 結界が……」
だが、結界のほうはさすがにもう限界のようで、今しがた隆也が処理した個体よりも、さらに一回り二回り大きい個体が、一斉にぼとぼとと落下してくる。
一対一ならまだなんとかなったかもしれないが、さすがに複数は無理。
よって、この場はここで逃げの一手である。
「時間は、どのくらい経った……上手く時間が稼げたならいけど」
敵の迎撃に頭がいっぱいだったので、ラルフのそばを離れてどのくらい経過しただろう。
おそらくラルフのものだろう……遠くで黄金の光の柱が、結界を、そして深海の闇を貫いている。
この感じだと、後、一分か二分すればチャージ完了か。
攻撃と同時に島クジラがひるんだ隙に、陽動から戻ってきたモルルと脱出――三人が描くイメージはだいたいそんな感じだ。太陽の光に届く場所にいけば、陰転移の闇魔法が使える。
「ラルフ!」
「……タカヤ」
結界の隙間から次々押し寄せてくる魔獣の群れから逃げるように、隆也はラルフのそばへと戻る。
先ほどの一瞬のやり取りで、隆也が被った損害はほぼゼロ。装備の方にわずかに毒液がかかり、そこがわずかに溶け焦げたものの、それ以外は特になんともなかった。
「ごめん、心配かけた。でも一匹はちゃんとやったから」
「へえ、なら、俺も頑張んねえと……!」
その瞬間、それまで立ち上っていた金色の光の柱が、急速にラルフの剣へと収束していく。
「これで9割……タカヤ、逃げる準備しとけよ」
「わかった。気を付けて」
力強く頷いて、かすかな鈴の音を残したラルフは、弾丸のような速さで島クジラへと一直線に向かっていく。
結界の外を飛び出した眩いばかりの光の玉に、その場の全ての注目がそこへと集まった。
「モルル! ありがとう、戻ってきて!」
隆也の様子に気づいたモルルが、ラルフと入れ替わるように隆也のもとへ。
「ふひ~……空気、空気ぃ~」
「お疲れ様。でも、もうちょっとだけ頑張って」
「わかってますよ。メイド長……いや、あのクソババアにギャフンと言わせるまで私も死にたくありませんし」
「逆、逆」
ともあれ、まだ彼女にも余力はありそうだ。魔界庫のほうの武器の在庫のほうは心配だが。
しかし、モルルだが、最初に会った時から口が悪くなっているような。やはり、師匠によく似るものなのだろうか。
「しっかし……ついつい気をとられちゃいましたけど、なんですか、あの魔力光。あれ、人間がやっていい攻撃じゃありませんよ」
「モルルでも、あれを受けきるのは無理?」
「多分。ってか、アレを受けて真っ二つにならない奴なんて、多分魔界で誰もいないと思いますよ。ってか、真っ二つどころか魔力ヤバすぎて斬撃に触れた瞬間、塵になりますね」
貯めるまでのかなりの時間の隙を作るという欠点はあるが、その分、威力は十分ということだ。
ただ、それでも島クジラを怯ませることぐらいしかできないのだから、改めて目の前の怪物の異常さがわかる。
そして、こんな奴らが、境界には多くいるのだということを。
「! ……ご主人様、一応、目つぶっててください。そろそろやるみたいっす」
対峙したラルフが、隙などまるでお構いなしと言った具合で、剣を思い切り上段に構えている。
純粋に力のみを極限にまで込めて振り下ろす一撃。
ここからではラルフの背中しか見えないが、きっと彼ならこう言っているだろう。
『これでも喰らえや、デカブツ――――!!』
隆也が目をつぶった瞬間、島クジラの咆哮によるものとは違う振動がこちらに伝わってきた。
――ビシッ、バキッ!
ラルフの全力の一振りによる魔力の奔流を外から受けて、なんとか耐えていたディーネ結界が完全に崩壊した。
急激に海水が流れ込んでくる。
「ご主人様、つかまってください!」
ラルフの一撃を合図にして、モルルが隆也を抱えて海上へ向かって上昇を開始する。
海で漂っていた奴らは――追ってくる様子はない。どうやらラルフの攻撃の余波で完全に怯んでしまったようだ。
(ラルフは……)
海流に身を任せて上昇していく最中、隆也はラルフのほうを見る。
【―――――、】
まず、ラルフの斬撃だが、島クジラをまともにとらえることができたようだ。頭部はぱっくりと綺麗に割け、そこから夥しい量の血が海中へ漏れ出ている。
果たして斬撃がどこまで届いたかは判断できないが、かなりの深手を負わせたのは間違いない。その証拠に、それまで隆也たちを妨害していた島クジラも、すっかり沈黙している。
と、敵の血やら体液やらで真っ赤に濁った場所から、ラルフがこちらに向かって飛び出してきた。
(ラルフ、お疲れ)
「もごご」
本当に全力の一撃だったようで、ラルフの顔には珍しく疲労の色が浮かんでいる。
ポーションで体力や魔力の補充は出来るが、精神的な疲労はどうしようもない。
なにはともあれまずは回復と、隆也がラルフの手に回復薬を渡そうとした、その時。
【――あは、】
(? 誰の声――)
どこからともなく響いた、少女の声。
それと同時に、一条の光が、隆也とラルフの間を通り抜けた。
思わず目を覆いたくなるほどの強烈な光。
その光が通り抜けた後、隆也の目に飛び込んだのは。
「ッ……!?」
「もごっ……!」
ポーションもろとも指の一部を消し飛ばされたラルフの手と、そして――
【あああああああああああああああ――――――――――!!】
何者かが発生させているであろう癒しの魔法陣によって、急速に傷を修復させ復活した島クジラの姿だった。
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