第294話 変化


 ※※


「――あれ?」


 その変化に気づいたのは、ほんの些細な気まぐれからだった。


 早朝、体力づくりの一貫ということで、アカネの剣の稽古に付き合っていた時のこと。


 アカネの綺麗な太刀筋をぼーっと眺めていて、ふと、自分あんなふうにできたら、と思って、軽く気持ちで木の棒を振ってみると、


 ――ヒュンッ


「……ん?」


 随分と綺麗な風切り音に、隆也は不思議に思う。それと、妙にフォームが様になっているような。


 アカネが賢者の館から離れて隆也の元で暮らすようになり、稽古に付き合うようになってからたまに素振りをやっていた。技どうこうよりも、普段使わない筋肉を少しでも鍛えるために。


 ただ、その時はただ棒を右から左に、または上から下に移動させているだけのようなへろへろの太刀筋で、アカネからも『それで本当に本気なのか?』と度々呆れられていた。


 隆也に攻撃の才能は皆無……そのはずだったのだが。


 念のため、アカネにも見てもらうと、やはり、以前とは立ち姿から違っているという。まあ、それでも未熟であることには変わらないらしいが。


「これは副社長殿に見てもらったほうがよさそうだな」


 すぐさまフェイリアに事情を説明して、素質の再測定をしてもらうことに。


 すると、驚くべき変化が隆也に起きていた。


『なんと……戦闘の才能が、新たに開花している』


 以前見たときは、根っこから上をまるごと伐採されたようになっていた隆也の『木』に、上の部分、つまり幹や枝、そして葉の新緑が色づいていたのである。


 理由については心当たりはあった。


 この直前に隆也や仲間たちと激闘を繰り広げ、そして境界へと行方をくらました水上詩折である。


 詩折の異能は『偏愛』。相手の才能の半分を奪い取ることが出来るというものだが、詩折は転移時点で隆也の能力を半分奪い、それを元に単独行動を進めて自らを強化していった。


 奪われた能力は、詩折との決戦で取り返すことに成功したものの、それは生産・加工の素質のみで、異世界転移の初期に奪われたと思しき素質はそのままだった。


 確認していないので100%ではないが、詩折はこの世界からすでに退場している。


 なので、詩折がいなくなったことによって、奪われた能力も、そのまま元の持ち主に返還された――そう考えるのが妥当だろう。


 今更返還されたところで、生産と加工という、パーティの中で隆也の果たすべき役割が変わらない。


 しかし、出来ることが増えたのであれば、今後のために経験を積んでいくのも悪くないだろう。現在、レベルⅧまで育っている隆也の生産加工スキルだが、そこに到達してからはずっと頭打ち状態なので、戦闘系のスキルを伸ばしていくことで、何かのきっかけをつかめるかもしれない。


 こうして、隆也の日課に、まずは短剣の扱いを使えるレベルにまでもっていくことが使いされたわけだ。


 ※※


「……自分の形で、刀を振る。自分の形で……まずはこれだけできるように」


 敵の落下地点へと急ぎつつ、隆也はアカネからの教えを思い出すように、繰り返し呟いていた。


 能力が返還されてからこれまで、アカネが隆也に課したのは、ただの素振り。


 相手の弱い所や急所を狙ったり、一瞬の隙をついて必殺技を出すことではなく、常に同じ体勢で刀を振りぬくこと。


 それ以外は教えてもらっていないし、やるつもりもない。


「いた……!」


 ビチビチと汚い水音をさせているほうへ向かうと、ちょうど5メートルほど先あたで、地面をのたうちまわっている黒蛇を見つける。エラ呼吸から肺呼吸への移行に少し戸惑っているか。


 チャンスだが、隆也はすぐに攻撃することはせず、じっとその様子を観察する。もがいている状態だと動きを予測できないし、電撃をまき散らしている可能性もある。隆也では対処できない。


 焦らず、機をじっくりと待つ。


 陸で弱っているとはいえ、魔獣の方にまだ分があるだろう。境界の魔獣であれば、そこも微妙に感じ取ってくれるはずだ。


 大丈夫、こいつは弱い。取るに足らない。さっさと喉を噛みちぎって終わりにしてしまおう――。


 そうやって、油断してくれることを。


「GⅠ――」


 やがて空気を体内に取り込んだダークジャークの動きが落ち着いて、ゆっくりとこちらへ向かって這い出してくる。


 小型といってもダークジャークなので、全長は二~三メートルはある。隆也にとっては十分大物だ。


「……」


 あちらも隆也の存在にはすでに気づいており、苔の生えた石床を這いながら、じいっと隆也のほうを見据えていた。


【ああぁぁぁぁあぁぁぁ……!】


 ここで、さらにもう一度大きな島クジラの咆哮が周辺をびりびりと震わせる。


 まばたき一つ許されないこの状況ではモルルやラルフたちの奮闘を見ることはできないが、ともかく今は二人のことを信じる――。


「GI――!」


 振動がおさまると同時、ダークジャークが隆也へ向けて襲い掛かってきた。地震によってわずかに体勢が崩れた隙をつかれた格好――だが、


「この程度で、俺の体勢が崩れるとでも思ったのかよ――!」


「IIG……!!」


 さらに腰の位置を落として踏みとどまった隆也は、鞘からセイウンを引き抜き、そしてアカネの教え通りにしっかりと振りぬいた。


 隆也の喉元を狙ったダークジャークの毒牙と、振りぬかれたセイウンの描く空色の弧が交錯する。


「GGッ――!?」


「……ふう。狙われる場所さえ限定できれば、後はそこに攻撃を置きに行くだけ――タイミングはばっちりだったみたいだな」


 キン、という甲高い音を鳴らした後、隆也へと剥かれたダークジャークの牙は、青い斬撃によって、その上顎ごと宙へと飛ばされたのだった。

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