第293話 防衛戦 3
モルルの能力は、自分の今いる場所に関わらず、『アイテムや武具などが収納されている場所』に次元扉を設置し、そこから自由にものを取り出すことができる、というものである。
もちろん、本人限定で扉の行き来も可能。
以前モルルはこれを魔界庫でやったことがあるが、何もちゃんとした倉庫でやる必要はなく、アイテムなどが収納されているものなら、やろうと思えばどこでもつなぐことができるらしい。お金や宝石などが入った金庫はNGだ。
なので、隆也の道具袋に扉を作るのも、一応、可能と言うことになるが。
「ところで、これは誰の指示? まさか、モルルが勝手にマーキングしたわけでもないよね?」
「えっと……メイド長様ですね。ご主人様のもとに助けをやるのに、色々と方法があったほうがいいからと」
だろうと思っていた。隆也に許可なく次元扉を設置した褒められたものではないが、しかし、この状況で助けになったのは事実だ。
「扉、本来なら使う予定なかったんですけど、いきなりご主人様のところから海水がごぼごぼっと勢いよく漏れてきたじゃないですか。で、これはまた厄介ごとに巻き込まれたんじゃないかってことで、あのバ……いえ、メイド長様から問題を解決してこいと言われましてね」
ダークジャークに襲われて、ディーネに助けられた時のことだ。
ということは、少なくとも魔界の方は情報を把握していることになるか。だが、助けに来るにしてもここまで来るのには時間がかかるので、島クジラに対しては隆也含めた三人で対処しなくてはならない。
海底神殿の場所を記した手紙をモルルの次元扉経由で魔界のほうへ送り、隆也たちは改めて結界の先で大口を開けた島クジラに対峙した。
「うっわっ……なんなんですかアレ。あんなの反則でしょ……この世界何考えてるの、もう。魔界も大概だけど、今はあの瘴気まみれの大気が恋しくなってますよ」
「帰りてえんだったら、アイツの注意をしっかり引くんだな。出し惜しみすんなよ」
「わかってますよ。どのみち、お二人を見捨てて魔界に戻っても、今度はメイド長にぶっ殺されますんで」
顔を苦くしつつも、モルルは魔界庫から武器を取り出し、同時にメイド服から戦闘服へと姿を変貌させる。
深海での戦闘なんて初めてだろうが、ラルフの準備が整うまでの間は、頑張ってもらうしかない。
「モルル、口出して」
「え? こうですか?」
隆也はモルルの口の中に小さな黒い石を放り込んだ。
「なんですこれすごく苦い……」
「瘴気入りの飴玉。深海じゃ息できないから、瘴気からの魔力変換が難しいだろうと思って」
モルルもレティやムムルゥと同じく、体内に取り入れて魔力に変換できる体質をもった魅魔である。魔界にいる時は常に瘴気が漂っているので呼吸すれば問題ないが、今回はそれが不可能なので、経口摂取してもらうというわけだ。
しかも、今回は瘴気をかなり濃縮したものを魔力錬成したから、魔族のモルルですらかなりの苦みを感じるのは仕方ない。
無から有を生み出す無理な魔力錬成に、隆也の腕に鋭い痛みが走る。スキルレベルが上がってもこれは相変わらずだが、しかし、ここを切り抜けなければならないのはモルルと同じ。無茶のしどころだろう。
「桃頭、何分いける?」
「モルルです。……ご主人様のおかげで力は漲ってますが、全力なら、せいぜい五分です」
「オーケー、んじゃ頼む。時間が経ったら逃げろよ。巻き込まれたらまず死ぬぞ」
純粋に攻撃に100%を割り振ったラルフの一撃でどこまでやれるかだが、ひとまず信じるしかない。
「それじゃあ二人とも、お願い」
「ああ」
「了解です」
隆也の言葉を合図に、ラルフは金色の剣をまっすぐに構え、モルルは闇の魔力を纏って結界の外へ飛び出した。
【ああああああ――】
状況が動いたのをすぐさま察知したのか、島クジラの鳴き声に反応したダークジャークたちがモルルに殺到するものの、
「――――!」
すぐさま魔界庫の貴重な武具を湯水のように消費し始めたモルルにあっさりと蹂躙されていく。
戦いぶりから見てもわかるが、詩折との戦闘から随分と成長しているのが見て取れた。あれから随分しごかれたのだろう。光哉もモルルのことは気にかけているようだし、いずれは彼女が四天王に……なんて日もそう遠くないのかもしれない。
「……すぅぅ」
そして、ラルフのほうもすでにチャージ体勢に入っている。
ギィィン、とラルフの魔力を受けた剣が振動し、耳鳴りのような高音を発していた。
すでに隆也の目では直視できないほどに刀身は光り輝いているが、ラルフがチャージを始めてからまだ一分、いや三十秒と経っていない。
ここからしばらくはラルフのほうを見ない方がよさそうだ。
【おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――!】
「っ……アイツ、また……!」
島クジラからの咆哮が再び神殿全体を揺らす。さきほどからモルルがしつこく逃げ回りつつ攻撃を仕掛けているし、攻撃も当たっているはずだが、まるで脅威ではないと言った認識なのか。
――ビシンッ!!
「! 結界が……さすがに限界だったか」
真上からの音に隆也が視線をそこへ向けると、これまでなんとか耐えていた結界に小さな穴が開いた。神殿の敷地もそれなりに広いため海水のほうは今すぐの問題にはないが、
【ギッ――】
侵入口が出来たということは、そこから敵が来ることを意味している。
「っ……!」
ラルフもそれに気づいたのか、チャージは継続しながらも苦い顔を浮かべている。
ダークジャークは海蛇だが、緊急時には陸でも多少活動できるように肺機能も多少発達しているとディーネから情報をもらっている。
もちろん、発電器官は陸でも猛威を振るう。触れたらアウトだ。
破れた穴はまだ小さいので、侵入する個体は小さいが、対応できる人間がいなければ意味がない。
ラルフの顔に焦りの顔が浮かぶ。この場にいる隆也は戦えない。ここで敵の餌食にならないためには一度チャージ状態を解除する必要があるが、そうなると一から再チャージとなって、技を放つための時間が足りなくなる。
いったいどうすれば――
「――大丈夫、ラルフは技を打つことに集中して」
と、そんな時に、隆也はラルフにそう言って彼のそばから離れた。
「おい、そっちは――」
隆也が向かおうとしているのは、今しがた結界を抜けたダークジャーク数匹が落下したと思しき地点。
「モルルは囮、ラルフはチャージ。敵が邪魔しに来たんだったら、動けるのは俺しかいない……そうでしょ?」
「しかし――」
「大丈夫。こっちはこっちで気を引くだけだから。死にそうになったら、ちゃんと逃げるよ……じゃあ、ここはよろしく」
「あ、おい……!」
ラルフの制止を待たず、隆也はそのまま敵を迎え撃つべく走り出した。
一度だけラルフのほうを振り向くが、小さな舌打ちが聞こえてきた以外は、特に追いかけてくる素振りはない。
「ごめん、ラルフ。でも、ここは俺が頑張らなきゃね」
鞘から引き抜いたセイウンを逆手に――アカネから習った短剣での戦闘の構えをとって、隆也は出発直前ぎりぎりまで頑張っていた鍛錬の内容を思い返していた。
詩折との出来事を経て変化が起こったのは、なにもモルルだけに限った話ではない。
隆也にも、クラスメイトだった水上詩折がこの世界から退場したことによって、ある変化が起こっていたのだから。
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