第291話 防衛戦


 ひとまず使えそうなものを持ち出し、すぐさまラルフのもとへ。


 神殿の外に出ると、確かにそれまでしっかりと守られていたシャボンの結界に大きな亀裂がいくつも入っている。海水が侵入するには至っていないものの、今もヒビは大きくなっているので、いつそうなってもおかしくない。


「ラルフ、敵の数は?」


「たくさん」


「だろうね」


 結界の外は夥しいほどの電撃が迸っている。結界が壊れ次第襲ってくる気満々といったところだ。


 後は、ダークジャーク以外の魔獣たちもちらほら集まっている。これほどの魔獣の大群と対峙した記憶は、隆也も初めての経験である。


「島クジラは? 声は今も聞こえているけど」


「俺の目視でも確認できねえから、多分、まだずっと先だな。ったく、相変わらずのバケモンで安心したぜ」


 単純に咆哮が大きいのか、はたまた魔法の展開を阻害するような特殊な音波でも飛ばしているのか。直接戦うことはまだないだろうが、厄介極まりない。


 しかし、どうしてこうタイミングが悪いのだろう。隆也の巻き込まれ体質のせいと言われればそれまでだが……まるで誰かが意図しているかのように、ちょうど厄介なタイミングで物事が起きている。


 監視でもされているのだろうか。


「俺は今から外の奴らの数を減らしてくる。タカヤはその間、ポーションの予備でも調合しておいてくれ」


「わかった。あ、一応、これ墨袋の残り。効果はさすがに薄いだろうけど、ほんのちょっとの目くらましならいけると思うから」


「十分だ。すぐに全部ぶつ切りにして戻ってくるわ」


 戦闘中に結界が破れる可能性はあるので、隆也はディーネの手によってさらに結界の張られた客間のほうへと避難するつもりだ。そこであれば海水の侵入はほぼないということなので、海の底でおぼれるという心配はない。


【あぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁ―――】


 さらに追加とばかりに、島クジラからの咆哮が神殿全体を揺らした。もう完全にこちらをつぶすつもりで来ているとしか思えない。


 もし会うことがあるのなら、このお礼、きっちりと倍以上にお返ししなければ。


「んじゃ、行ってくる」


「うん。無いとは思うけど、死なないようにね」


「はっ、あんな雑魚なんて瞬殺よ。それに、島クジラのヤロウには借りがあるからな。あのでっけえ大口をこの剣で縫い付けるまでは、死んでも死にきれねえ」


 甲高い鈴の音を鳴らしつつ鞘から解き放たれたラルフの剣が、ラルフの魔力をまとって黄金色の光を放つ。希少な魔法金属をいくつも配合して作製されたという名もなき宝剣。


 エルニカとの激闘でも活躍し、その後、隆也もその修理を担当したが、ただ使うだけなら強度自体は普通の鋼変わらない。


 だが、魔法剣として質のいい魔力が伴ったとき、この剣はとんでもないほどの切れ味を持つ。修理の際、隆也も試しに自分の魔力を通してみたのだが、発生した魔力のオーラだけのみ、しかも、ほんのわずか触れただけで指先を切ってしまったことがある。


 非戦闘職の隆也の魔力でそれだから、ラルフが使えばどうなるか……考えただけでも恐ろしい。


 ともかく、いくら境界の生物であっても、生半可な鱗や体では防御不可能なはずだ。


 リィン、という音色を残して結界の外へと飛び出したラルフが、残りの墨袋を弾けさせる。


 直後、深海に濃い煙となって魔獣をのみ込む墨と、そして、おそらく魔獣たちの赤い液体が混ざり合う。ラルフに向かって殺到する魔獣たちの様子はまさにカオスといった状態だった。


「っと、俺も早く中に入らないと」

 

 心配ではないと言えばウソになるが、ラルフならなんなくやり遂げてくれるだろう。


 今は隆也も、自分のやるべきことをなさなければ。


 客間に戻った隆也は、すぐさまバッグから調合のための道具を取り出す。神殿で見つけた素材を使って、新たに回復薬を調合し直すつもりだ。あとは、保存食などの用意も。


 余裕だとラルフは言っていたが、あれだけの数を相手にするのだから、ほぼ全力で相手をしなければならない。消耗もそれなりにあるだろうから、もう少し質のいい回復薬を用意してやりたい。


 あとは、先程見つけたばかりのプラスチックなどのことも。まあ、劣化しているし、素材としてはちょっと使いにくいが。


「……少し静かになってきたかな」


 それまで激しく明滅していた雷光の勢いも、ラルフがかなりの数を減らしてくれたおかげで、徐々に落ち着いてきている。


 そろそろ戻ってくるかもしれない。諸々の作業を隆也は急いだ。


 ――あ……あ……


「……ん?」


 集中していると、ふと、そんな声が床下あたりから響いた気がした。


 外での戦いは未だ続いているし、島クジラからの妨害も続いているから、そのことかと一瞬思ったものの、


 ズンッ……!


「!? いや、これは――」


 地面から突き上げるような振動に、隆也はすぐさま客間を飛び出した。


 もちろん、外で今も戦っているラルフへ異変を伝えるためだ。


 勘違いでなければ、今の鳴き声と振動は明らかに神殿の真下から響いたものだ。


 海底火山の噴火による地震、ではない。


 この異変は、どう考えても明らかに。


「ラルフ! いますぐここから離脱しよう! そうじゃないと――」


【か、あ、あああぁぁぁぁぁ―――――…………!!!】


 ――ゴゴゴゴゴゴッ!!


 隆也の叫び声は、海底神殿のほど近くから大口を開けて出現した島クジラの咆哮と激しい地響きによって、あっさりとかき消されてしまった。

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