第290話 防衛戦準備
断る理由はないので、隆也は二つ返事で依頼を受けることにした。
もし魔獣たちの邪魔がなかったとしても、アンブレイカブルの採掘は難しそうだったため、協力してくるのであればありがたい。
「……別に小魚ごときに頼まなくても、俺がいれば出来るんだけどよ」
「わかってる。でも、今回は専門家に任せよう」
ラルフは少し不機嫌そうだが、今のところ神殿を守ることのできる戦力はディーネを除くと彼しかいない。
しかし、アンブレイカブルを溶かす生物か。
アンブレイカブルをもらっても次は加工が待っている。ただの炎では意味がないだろうし、また特殊な燃料を作る必要もあるし、そっちももらいうけることができないか、確認してみよう。
「では、私はさっそく行ってまいりますわ。神殿の設備や食料などは自由に使って構いませんから、余裕があるうちにどうぞ」
「探索するのは問題ありませんか?」
「ええ。何があっても自己責任ということなら」
ディーネは海底神殿の主だが、元々そこに存在していたものを間借りしているだけなので、詳しいところまでははっきりしていない。
それに、使えるものがあればそれに越したこともない。先ほどの戦闘で使ってしまった回復薬なども調合しなおしたいところだ。
「? タカヤ、さっきからナイフいじくってるけど、なんかやるつもりなのか?」
「ああ、これはちょった試したいことがあって。……まあ、あんまり気にしなくていいよ」
「??」
せっかくラクシャから貸してもらったし、セイウンの出番もあるだろう。
ともかく、今は来るべき戦いに向けてのわずかな準備時間だ。
※
ディーネが転移で別の神殿へと出向いていったのを確認してから、隆也はラルフに見張りを任せて神殿内部の探索を開始する。
外から見る限り、神殿の周囲をうろつくダークジャークの数は先ほどより明らかに増えていて、すでに青白い電光が絶え間なく暗い深海に迸っている。
あの電撃に、素早い動きによる突進。本当に厄介だと思う。
ただ早いだけならラルフで十分対応できるから、電撃を無効化、もしくはできるだけ効果を弱めるものがあれば。作製できれば。
絶縁体としてこの世界でも取れるものはある。電気に強い木材や、ゴムなど。まあ、ここにはないので意味はないのだが。
「ん? あれ、ここ――」
と、神殿の地下を捜索しているところで、少し違和感のある壁を見つけた。
海藻やフジツボがこびりついて塞がっているが、明らかにそこだけ動く。
「まとわりついてるやつを除いて、横に動かしてやれば……」
少し力を強くしてみる。このぐらいなら、隆也程度の腕力でもなんとかできそうだ。
「ん……よし、あいた」
わずかにできた隙間に体をねじこんで、そのまま部屋の内部へ。魔法石のランプで辺りを照らす。
「これは……」
狭い部屋の中央のほうに、ぐしゃぐしゃにひしゃげた青い箱を見つけた。
不思議な材質の箱だ。この世界で箱と言うと木箱だったり、はたまた金庫だと魔法金属などが使われているが、これはとても軽い。
長い期間そこに放置されて腐ってしまったのだろうが、軽くて、つるつるしていて、これはまるで――。
「! ……え、マジ。え、いや、でも――」
間違いがないよう、慎重に鑑定を試みる。加工レベルでいえばすでに『Ⅷ』相当にまで能力を伸ばしている隆也で判別できないものほぼ存在しない。
だが、確かめる必要もなく、隆也はそれがどんなものであるかおおよそ判断がついた。
なぜなら、それは隆也が良く知っている素材で。
「どうしてここにプラスチックが……」
似たような素材という可能性もあるが、ほぼプラスチックで間違いない。おそらく、クーラーボックスの類。
……だが、どうしてこんな場所に、こんなものが。
可能性があるとすれば、隆也と同じようにあちらからこちらの世界へと迷い込んでしまった人の持ち物と考えたほうがよさそうだが、しかし、こんな深海でそれが見つかるとは。
ということは、この箱の中にもなにか――。
【あぁぁぁぁぁぁ――――――――――――】
「! この鳴き声……」
中身を確認しようとしたところで、そんな音とともに神殿全体が小刻みに振動する。
海全体がびりびりと震えるような感覚をもたらすものの正体。
「タカヤ! 今すぐこっちへ!」
隆也は初遭遇だが、先程のラルフから聞かされた特徴と、まったく同じ咆哮。
「島クジラだ! 遠くからの叫び一発で、結界をぶち破ろうとしてやがる」
突如として幕を開けた海底神殿における防衛戦は、いきなりの正念場を迎えようとしている。
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