第289話 交換条件


 ※※※


「――とまあ、こんな感じの昔話ってわけさ。大したことはねえよ」


 そう言ってラルフは気にしていないように笑うが、隆也にとってはかなりの衝撃だった。


 魔獣によって壊滅した、という話だから、例えばそれによって引き起こされた津波だったり、もしくは魔獣が襲ってきてやられたのだろうと思っていたが……真相は、一帯丸ごと一飲みにされたということか。


 願い通り、類まれな素質をもって、冒険者にはなった。文字通り、彼は今世界を股にかけている。大剣士、世界でも指折りの実力者。


 子どものころからの、夢をかなえた。


 しかし、それと引き換えと言わんばかりに、彼はその姿を最も見せたかった故郷を、そこにいた大事な人たちを失ってしまった。


 それだけの過去が、ラルフの笑顔の奥に潜んでいるということだ。


「ギガントウェイル――通称島クジラ。体長は超巨大で、その大きさは島一つ分を軽く凌駕する。特徴的なのは、餌の食べ方。自分の広大な背中に生物を住まわせ、長い年月をかけて、一つの島とする。その間、動かずじっと待ち、植物や生物が十分に繁栄したところで、それを丸のみにして、また違う場所へ移動して、同じことを数百年、場合によって数千年という単位で繰り返す」


 ラルフの故郷のケースでいうと、集落が形成されるはるか以前に岸壁に身を寄せ、そこで数百年、数千年という単位で待ち続け、十分機が熟したところで捕食した、というところか。


 故郷がのまれる直前に起こっていた地震は、おそらくその前触れ。


「そして、このギガントウェイルが、最近に、なぜか活発に動き出しているのです」


「え――」


 ディーネの話によれば、次の食事までには数百年以上は時間が空くはず。


 ラルフの話から逆算してもせいぜい十年程度しか経過していないにもかかわらず、島クジラが動き出している。


「理由はわかりませんが、何かあったと考えるが自然ですわ。ちょっとやそっとじゃびくともしないほどの島クジラが、別の場所に追いやられなければならないことが起こったと」


 島クジラが逃げるほどの生き物が境界にいるのか、その場所に住めないほどの急激な環境の変化があったのか、はたまた別の理由か。


 ディーネはここ最近、ずっとその調査をしているのだという。


 時期でいうと、ちょうど隆也たちが海底神殿を訪れた直後あたりから。


「私は引き続き海に潜り、しもべたちと原因の特定を急ぎますわ。これまで長いこと海の中におりましたがこういうことは初めて――慎重にいきたいのです」


「で、その間俺とタカヤは何をすればいいんだ? そのために、俺たちをここに招待したんだろう?」


「ええ。二人には、私が外に出ている間、この海底神殿を守護して欲しいと思っておりまして……こちらを見てください」


 そう言って、ディーネが大きなシャボン玉のようなものを出現させる。


「私の使い魔たち、海の生物の視界を映し出しているのですが」


「これは……!」


 シャボン玉に映っているのは、空気の層で守られた海底神殿と、それを取り囲むようにして電撃を飛ばしているダークジャークの姿。


 大小あるが、総数は目視だけでも三十匹、いやそれ以上はくだらないだろう。


「今は私がここにいるのでいいですが、調査に出ると魔力供給が薄れて、それによって結界が力づくで破られる可能性があります」


「つまり、俺たちにアイツらの数減らしとか、もし結界が破られた時に撃退して欲しいって、そういうことか?」


「ええ。海底神殿ここには私もそうですが、私を頼ってここに住むか弱いしもべたちもたくさん住んでいます。もし結界が破られても、あなたたちは逃げればいいし、帰るところもありますが、ここの子たちはそうはいきません」


「……」

 

 ラルフの顔がわずかに歪む。陸と深海という違いはあるが、状況はラルフの故郷とそう変わらない。


「わかった引き受ける――ってか、それしか選択肢はないだろうな。原因がはっきりして問題が解決しなきゃ、依頼主を無事に送り返すことも出来ねえわけだし。……それでいいか?」


「うん。俺はラルフの言うことに従うよ」


 状況的にも引き返せないし、ひとまずそれでやっていくしかない。


 ただ、保険としてディーネの使い魔たちを使い、仲間たちに安否は伝えておくことにする。


 ちなみに、今隆也たちがいる神殿は、転移で訪れることができない場所らしいので、あくまで無事であることを報告するためのものだが。


 また、心配をかける形になってしまった。


「交渉成立、ですわね」


「ああ。だが、報酬のほうはどうする? こんなときにも金の話で申し訳ないが、一応、依頼だからな」


「……わかってますわ。巻き込んだのは私ですから、迷惑料ぐらいはお支払いいたします」


 そうして、ディーネはもう一つ、シャボン玉を浮かび上がらせた。


 ディーネの使い魔からの映像らしいが、基本的に真っ暗で、ときおり、ごぼごぼと音がするぐらいだ。


「あの、これはいったい」


「先ほど私たちが逃げてきた海底火山……いえ、正確にはその内部からの映像ですわね。この子、小さな魚なんですけど、アンブレイカブルの内部に棲んでいますの。自分でアンブレイカブルを食べて小さな穴を作って、そこを根城にしていますわ」


「! そんなことできる生物が……」


「海は陸なんかより広いですからね。自分たちが生きるために少々変わった進化を遂げる子もいます」


 ラルフでも破壊は難しいアンブレイカブルを食べる小魚がいる。歯が強靭なのか、はたまたアンブレイカブルを溶かしたり柔らかくする物質を分泌してるのか。


 生態は調べるとして、もし、そういうことができる使い魔がディーネにいるのなら。


「アンブレイカブルの無償提供――それが、私からの交換条件ですわ」

 

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