第288話 幕間:とある地域の小さな漁村が一瞬のうちに消滅した話
※※※
――冒険者に憧れていた。
冒険者になれば、こんな狭い世界とはおさらばできると思っていた。
俺は海岸沿いのとある小さな漁村で産まれ、これまで過ごしてきた。代り映えのない景色、代わり映えのない仕事。朝早い時間に海に出て、夜は明日に備えて早いうちに寝る。
魚が豊富にとれるので食べ物には困らないが、人のいっぱいる都市とは違って退屈だった。
「――ま、待ってよラルフ」
「わ、私、もうダメ……」
「んだよ、デコ、ミラ、二人とももうへばったってのか? 俺はまだまだ余裕だってのによ」
漁がない日、俺は二人の幼馴染を伴って、集落から離れた森の中を探検していた。
手にはそこらへんで拾ったちょうどいい長さの棒を二本を持ち、腰には手芸が得意な幼馴染の女の子であるミラに縫ってもらった麻袋に、そこらへんで摘んだ雑草を詰めている。
何をやっているかというと、冒険者ごっこだ。親から怒られないぎりぎりの場所でを探索し、時には小さな野兎を狩ったりもしている。
将来、冒険者になった時のための予行演習を今から始めているのだ。
もう少し大きくなれば、いずれはこのちゃちい棒からおさらばして、鉄の剣、お金がたまってきたらそこからさらに聖剣へと持ち替え、世界をまたにかける男になってみせる
「ねえ、ラルフ。もう暗いから帰ろうよ」
「そうだよ、今、外は危ないからあんまり遠くを出歩くなって言われてるし」
デコとミラの二人は良いやつだけど、ちょっと気が弱い。できれば三人一緒に村を出たかったが、誘ったとき露骨に嫌な顔をしていた。
俺には隠しているようだが、デコとミラは二人でこそこそと会っては、村の外の目立たないところで隠れて何かをしている。この前興味本位で覗いてみたら、しきりにお互いの唇同士を重ね合わせていたので、多分、恋人どうしというやつなのだろう。
そんなわけで、俺は一人で村を出ていくことになりそうだ。
仕方ない。天才とは常に孤独なものだ。二人は俺が成り上がっていく様を故郷で見届けていてくれ。
――ゴゴッ……!
ふとそんなことを考えていると、地面の下から突き上げるような揺れが、俺たち三人を襲った。
「また地震かよ。多いな」
「最近、毎日一回は必ず起きてるよね。村の人たちは大丈夫だって言ってたけど……」
デコが言う。
大人たちの話では、海底火山の活動による一時的なもので、これまでもあったという。なのでそこまで心配しなくていいらしいが。津波も来ていないし。
「……なあ、もし地震で村が無くなっちゃったら、お前たちはどうする?」
俺の言葉に、二人の顔が凍り付いた。
「そ……そんな縁起でもないこと言わないでよ。あるわけないじゃないか、そんなの」
「そうだよ。それに、村がなくなったら、私たちはどうやって暮らしたらいいの? 新しい土地を探して、またそこで新しいところで生活するって、大変なことなんだよ?」
二人の言い分はもっともだ。漁が出来ないのであれば農業や狩りだが、魔獣を狩るにも技術や度胸はいるし、農業をやろうにも知識や経験は必要だ。
うちの村は海のおかげで成り立っている。だから、この場所から離れることができない。
みんながみんな、俺のように考える人ばかりではないのだ。
「わかったよ。今日はもう帰るし、お前たちを遅い時間まで連れまわすのもやめる。そっちのほうが二人で隠れてちゅっちゅする時間も増えるしな」
「「ラ、ラルフッ……!?」」
「ふふん。冒険者は野生の勘も鋭くないとやっていけないのさ……」
「覗いてただけだろ、ばかっ!」
外の世界へ出て、まだ見ぬ世界をこの目で見てみたい。だが、だからといって故郷が嫌いなわけでもない。
冒険者になっても、ここが俺の帰るべき場所なのだから。
◇
それから数日たったとある夜のこと。
俺は一人家から飛び出していつもの森であてもなくぶらぶらとしていた。
原因は、遊びの時に持っていた木の棒。朝起きたときに、父親に真っ二つに折られていたのだ。
――いい加減バカみたいなことやってないで、ちゃんと仕事を頑張ったらどうだ。
その言葉に、俺はカチンときた。
バカみたいだって? 俺は確かに馬鹿だけど、冒険者になりたいっていうのはいい加減じゃない。そのために一人で素振りだってしているし、薬草の知識や魔獣の生態なんかも学ぼうと頑張っている。
出来る範囲で努力しているのだ。もちろん手伝いだって手を抜いていない。
なのに、あのクソ親父、俺が別のことをやっているだけで、仕事のことがおろそかだなんだとぬかしやがった。余計なことをせずにもっと自分たちの助けになるようになれ、と。
そうして、大喧嘩の末に俺は家から飛び出し、いつも遊んでいる森を越えて、普段は滅多に足を踏み入れることのない洞窟へと向かった。
棒は二本とも折れてしまったが、長さが半分になっただけで、使えないこともない。むしろ、折れた部分がちょうどよく鋭いので、小さい獲物を倒したり、地面を掘ったりするのに便利かもしれない。
「なんだよクソっ……デコもミラも、父さんも母さんもみんな俺のことバカにしやがって」
洞窟の入り口にたどり着いたところで、俺はその場に膝を抱えてうずくまる。
皆、言葉は違っても同じ意味で俺を諭そうとする。素質はあるから、村でも将来の稼ぎ頭だと期待されているから。
だから、冒険者だなんて夢を見てないで、いい加減現実を見なさい、と。
「……やっぱり、外にでなきゃ」
俺は呟く。
村の人たちに証明しなければならない。俺の夢は、ちゃんと実現できるのだと。
確か、大きな町の冒険者ギルドに、人の持っている潜在能力を示す魔法の紙というのがあったはずだ。そこで自分の才能を証明してもらうのだ。
そうすればきっとみんな俺のことを――。
【ぶぉぉぉぉぉぉ……】
「ん? なんだ今の……泣き、声……?」
ふと、洞窟の先でそんな声が響いた。わずかだが、地面も揺れている。
そういえば、洞窟に来るまでの間、一匹たりとも動物たちを出くわしていないことを思いだした。遊び場から先は子供が相手にするには危ない魔獣たちが生息しているから、大人たちに行くのを止められていたのに。今日に限って。
【ぶぉぉぉぉ……】
泣き声とともに地面が、なおも振動を続けている。
空からではない。この音は地中で起きている。
いつもの地震は少し揺れたらすぐに収まっていたが、今回は違う。もう数分以上、震えつづけている。
どう考えてもおかしい――そう俺が思った瞬間だった。
――ズンッ!
と、一際大きな突き上げが俺を、いや、周辺全体を襲い、さらに驚愕の光景が俺の目の前に現れる。
【あぁぁぁぁぁぁ…………!!!!】
「な、なん、だよ、あれ……!」
月の灯りを背にして現れたのは、大口を開けた、巨大な……果てしなく巨大なクジラのような生き物で。
しかも現れた場所は、本来俺の住む村が――ラルフの幼馴染や両親、その他中のいい村の人たちがいた集落のあった場所。
理解が追い付かなかった。
アイツはいったいなんなんだ。なんでいきなり地中から現れているんだ。
そして、なんで村ごと周辺を丸のみにしているんだ。
【おぉぉぉぉ……】
「やめろ……おい、やめろって」
そこには俺の友達が、大事な家族がいるかもしれないのに。
――ズンッッ!!!
「おわっ……!」
直後、再び起こった激しい地震によって、ラルフは洞窟内部へと転がっている。
地震の影響かどうか不明だが、洞窟周辺の地面が隆起し、急こう配の坂のようになったのだ。
「デコ、ミラ、父さん、母さん、皆――あがっ……!?」
洞窟の出口から差すわずかな光に向かって手を伸ばすものの、上から降ってきた落石に頭をやられた俺は、そのまま意識を失い――。
気づいたときには、全てがなくなっていた。
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