第287話 島クジラ


 転移で飛んだディーネの住む海底神殿だが、実のところ、正確な位置というのは隆也も、それから彼女以外の六賢者たちも特定できていない。


 海底神殿は、まったく同じ形をしたものが世界に数か所ある。転移魔法は一度術者が訪れた場所ならどこへでも行けるが、それがまったく同じ海底神殿である保障はどこにもない。


 実際、一度目にリファイブやミリガンとともに海底神殿を訪れたとき、記憶していた場所がそれぞれ違っていたので、転移の際にミリガンとはぐれてしまったことがあった。


 海の様子を見れば一発でわかるでしょう、とディーネは呆れていたが……海底神殿ももちろん深海に沈んでいるので、海に関しては素人の隆也や師匠たちではまったく判別できない。


「……ようこそ、私の住処へ。といっても、おもてなしをするつもりはありませんが」


 神殿は、ディーネの結界によって海水の侵入は完全に防がれていて、ちょうどドーム状の超巨大なシャボン玉に包まれているような形になっている。


 もちろん、神殿全体から発せられる明るい青色の光から照らし出す深海の景色はとても穏やかで、先程のダークジャークのような獰猛な魔獣は一匹たりとも見られない。


 おそらくこれが、本来のあるべき海の姿なのだろうが。


 ちなみに神殿内部の方はきっちりと人が住めるように改造されており、隆也とラルフは、その一室である客間のほうに通されていた。


「で、海の賢者さんよ。これから一体どうするつもりだ? まさか、このままここでほとぼりが冷めるまでじっとしてろって言うつもりはねえよな?」


「無論です。数日で海が元に戻るのならいいですが、あの様子だとそうもいかない。海の平和のため、原因を排除する必要がありますわ」


 現在、ディーネは、境界周辺を除いたこの世界の海全てを守るためにのみ、魔法を行使している。海には人間が少ないからというのが理由らしく、地上の方はわりとどうでもいいらしい。


 六賢者の中でも特に一匹狼タイプだ。


「話を聞く限り原因には心当たりがありそうだな?」


「まあ。なぜそうなったのかまでは把握してませんが、境界の魔獣たちが周辺海域にまで現れ始めたのは、とある一匹の魔獣のせいであると言っていいでしょう」


 お嬢様のような優雅な所作でティーカップに入ったお茶を一口飲んでから、ディーネは話を切り出した。 


「ギガントウェイル……という魔獣のことを、お二人は知っていますか?」


「いえ……ラルフは?」


「その名前は俺も知らねえ。神狼とかドラゴン種とか、地上にそこそこいる奴らならわかるけど、境界はわからないことだらけだからな」


 先ほどのダークジャークはまだましな方で、境界の魔獣は、地上と違ってどういう原理で動いているのかまったくわからない生物が盛りだくさんらしい。


 意思をもって動いているとしか思えないガス、生物としての核や神経の類が存在しないのに動く真水のスライムや、自分で自分の体を捕食して成長するなど、まるで無邪気な子供が落書きついでに考えたようなモンスターたちが蠢いているという。そして、そのどれもが恐ろしいぐらいに厄介だと。


 なので、ディーネが挙げているギガントなんとかと言うやつも、きっとそう言う類の魔獣なのだろうが。


「そうですか……では、島クジラ、と言えばどうでしょう?」


「っ……!?」

 

 その言葉に、ラルフが驚きの表情を見せる。


 島クジラ……タカヤの貧困な想像力を働かせる限りだと、一つの島並みに巨大な鯨というイメージだが。


「十数年前にその存在を確認してから、ずっと境界奥地の深海にとどまっていたと思われていましたが……私の魚達つかいまたちの情報によれば、最近特に活発に動いているようです」


「じゃあ、それによって住処を追われた魔獣たちが、餌をもとめて境界を越えてこちらの海域に現れていると」


「その可能性が最も高いです。先ほどのダークジャークも、島クジラにかかれば一飲みで終わりですので」


 いくら凄まじい電撃が飛ばせるとはいえ、それは人間にとっての話。一つの島に匹敵するほど途方もない大きさの魔獣であれば、針でちょっとつつかれた程度、いや、もしかしたら何のダメージすら与えられない可能性も。


「……なあ、賢者さんよ。その話、本当だな?」


「ええ。魚達を通して、実際に確かめましたので。……随分と怖いお顔をなさっていますが、まさか、因縁のある相手だったりしますの?」


「ああ。ちょっと昔、ソイツの背中の上で遊んだことがある程度の仲だ」


「! ラルフ、それって――」


「同じような個体が何匹もいるはずはないだろうからな。間違いないはずだぜ」


 ラルフの故郷だった村は昔、突然海上に出現した魔獣によって壊滅したと伝えられている。ラルフはその時、村の中で生き残り数少ない人間の一人だった。


 それはつまり――。


「へえ、そっかそっか。アイツ、ギガントウェイルって名前だったのかよ……これはある意味、いいタイミングでこっちに来たのかもしれねえなあ……!」


 自らの仇をようやく見つけたことに、ラルフの瞳は歓喜の炎で燃え盛っていた。

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