第286話 海の賢者


 海の賢者ディーネは、この世界の海に五つ存在すると言われている海底神殿を拠点にしている六賢者のうちの一人である。


 他の賢者のように住むところが一人地上ではないということで、別行動となってからは積極的に元仲間たち五人と付き合うことはなく、先日の賢者同士の戦いでも、我関せずの姿勢を貫いていた。


「――それで? アナタ、こんな場所でいったい何をやってらしたの?」


「えっと、アンブレイカブルの採掘をしようと思ってたんですが――イレギュラーがありましてこんなことに」


「ああ、アレですか。先日に引き続きということですわね……エヴァーの時といい、つくづく度し難い男ですこと」


 呆れたように、ディーネは小さく息を吐く。


 師匠であるエヴァーを元の姿に修理するための素材や方法を彼女に教えてもらうため、リファイブやミリガンとともに訪れたのが隆也にとっての初対面。その時から彼女の接し方はそう変わっていない。


 なので、こういうふうに助けられたのは、隆也としても意外だったのだが。


「ディーネさん、そういうあなたもどうしてここに――」

 

 と、隆也も返したいところだったが、原因は隆也もわかっている。

 

 今しがたディーネの発生させた強烈な海流によってラルフともども押し流された黒い大蛇のこと。


「さきほどの黒いの……ダークジャークというのですが、アレに限らず、最近『境界』付近の海域にいる魔獣たちが一斉に世界中の海域に生息地を移しているのを察知しまして。ずっと海域を調べておりましたの」


 そこでダークジャークなる黒い大蛇と隆也たちの激しい戦闘を察知したので、その様子を見にこちらへ来たそうだ。


 ラルフと完全に離れて海中に放り出されたところだったが、結果的に運がよかったと言える。


 そういえば、ラルフはどこに行っただろうか。


 海流に巻き込まれて遠くまで流されてしまったようだが。


「……まあ、心配せずとも、あの『金ぴか男』のことも助けますよ。といっても、余計な心遣いは無用だったようですが」


「え?」


 瞬間、隆也の視界の先で、金色の光が瞬く。


 こちらのことを見つけたラルフが一直線へとこちらに向かってくる。


 手には、先程二人を襲ったダークジャークの頭部が握られている。どうやら、海流に巻き込まれた先で対決し、無事に退治したようだ。


「タカヤ……よかった、無事だったんだな。……礼を言うぜ、縦ロールのお嬢様」


「……私のことを縦ロールそんなふうに呼ぶのやめてくださらない? 私とアナタがこうして顔を合わせるのは初めてですが、決して知らなかったわけではないでしょう?」


「そうだけど、見事に縦に綺麗な螺旋だからさ。……俺はラルフ。この前は船長が世話になった」


 ラルフが手を差し出すものの、ディーネは『必要ない』と断る。肩をすくめるラルフ。


 ちなみに、彼女の代名詞でもある縦ロールだが、生みの親である少年が『似合っている』と言ってくれたので気にはいっているらしい。リファイブからの情報。


「ひとまず、今はここから離れることにするしかないですわね。今はまだ大丈夫ですが、さきほどあなたの倒したダークジャーク、やられ際に仲間を呼んだようです」


「そういや、首落としきる寸前に変な耳鳴りがしたな……何匹に囲まれている?」


「ざっと探索した感じで数十匹というところですわね。もちろん、大きさはそれとは比較にならない」


 深海にいたほうの個体も健在だし、そうなると、いくらディーネがいても厄介だろう。境界の魔獣は、ラルフたちが束になっても手こずることがほとんどというレベルなのだ。


「とりあえず、転移で安全な場所に行きましょう。私の神殿であれば、境界の魔獣たちでもそうおいそれとは近づくことはできない」


「ベイロード……いや地上に戻してもらうことはできないですか?」


「可能ですが、私たちの位置は匂いですでにバレているようなので、その場合だとベイロードの浅瀬にダークジャークどもが集結してしまいますが? ベイロードの港を電流地獄にしたいのであれば、私はそれでも構いませんけれど」


「っ……」


 どうやら随分執念深い魔獣に目をつけられてしまったらしい。

 

 本気ではないとはいえラルフと渡り合えるほどの潜在能力をもった魔獣が、数十匹も港に押し寄せれば、ベイロードはきっと大混乱に陥るし、付近の生物のほとんどが死に絶えてしまうだろう。


 隆也の身の安全だけを考えれば地上に戻る一択なのだろうが……さすがに、自分の都合で街の人々に迷惑をかけるのだけは避けたい。


「なるほど、もうちょっと海に潜る必要があるってワケね……タカヤ」


「うん」


 ここはディーネの言う通りにするほかなさそうだ。まあ、神殿に行けばディーネのところからリファイブやエヴァーへ使い魔を通じて連絡を飛ばすことも出来るし、いざとなれば協力を仰ぐこともできるだろう。


 それに、海底神殿――あの場所には、隆也も興味がないわけではない。

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