第277話 セイウン


 これまで何度か世話になった森の洞窟産の天空石だが、魔槍やその他の道具の修復ばかりに使っていて、そう言えば本来の用途としては使っていなかったことを隆也は思い出す。


「これを、ですか? 師匠がそうおっしゃるなら……でも、それだと素材が良すぎて、今の私で打てるかどうか」


 天空石と鉄との組み合わせになるが、錬金の方法は接着剤を作製した時とそう変わらない。


 天空石と鉄の合金は『蒼鋼アオハガネ』と呼ばれる。天空石は産地によって微妙に色が変わるが、総称は『蒼』だ。


「もし難しそうだったら俺も手伝うよ。その石だって、せっかく君のことを見かねて助けに来てくれたんだから、素直に受け入れたほうがいいと思う」


 結晶がラクシャのもとに落ちてきたのは偶然だろうが、この状況だと、使ったほうがいいように思う。これは欠片だが、以前ここでミケに採集してもらったものよりも遥かに素材がいい。


 量が少ないので作るとしたら短刀になりそうだが、性能はくらべものにならない。


 もし、ラクシャがこの作製に成功すれば、シロガネもきっと納得してくれるはずだ。


「……おまえ、本当にいいのか? こんな未熟な私のために、素材になってくれても」


 ラクシャの問いかけに結晶が応えるわけはないが、それでも、半べそをかくラクシャの顔をほのかな蒼光で照らし続けている。


「どう? やってみる?」


「……はい。この子に甘える形で申し訳ないんですけど、それが今の私だと思うので」


 しっかりと結晶を胸に抱いて、ラクシャが同意する。


「うん。じゃあ、早速始めようか」


 ラクシャから結晶を受け取って、隆也はすぐさま作業を開始する。


 蒼鋼のための材料は、道中で全て揃えているので問題ない。


「師匠、手伝ってもらっていいですか?」


「ん。どうすればいい?」


「この純度だと、普通の火だとあっというまに蒸気になっちゃいそうですから。できれば低温の炎をお願いしたいんですが、可能ですか?」


「私を誰だと思っている」


「訊いてみただけですよ。では、お願いします」


 魔力調整によって温度を一定に保ちつつ、結晶をゆっくりと溶かしていく。


 鉄と混ぜる際は、同じく熱された鉄の温度で蒸発しないよう、エヴァーの魔力を纏わせ、調節しながら、上手く混ざり合うように促す。ここは魔槍の修理の経験が活きた。


 上手く混ざってしまえば、後はこちらのものだ。


「……よし、ばっちりだ」


 見た目は普通の鉄とおおきな違いはないが、靭性が極めて高い蒼鋼の完成である。


 上に掲げて光に当ててみると、月や星の光によって淡く照らされた夜空のような、群青の淡い輝きが、隆也の瞳を照らす。


 隆也にとって、能力が元に戻ってから初めての高難度素材の加工だったが、今まで通り、いや、これまで以上の出来だと自信を持って言える。


「はい、どうぞ。後は任せたよ」


「はい、師匠」


 新たに生まれ変わった素材を受け取って、ラクシャは蒼鋼を鍛え始めた。


 明らかに特別な技能が必要な天空石ほどではないが、熱されている状態の蒼鋼もなかなか鍛えるのが難しい。


 場合によっては、隆也が補助に入ることも考えたが、


「ラクシャ、どう? やれそう?」


「…………」


 隆也の問いが聞こえないのだろう、そのぐらい、ラクシャは目の前の蒼鋼に集中している。


「無視されたな」


「でも、この分ならしっかりやってくれそうです」


 そこから、丸一日。フェイリアにお願いしてもう少しだけ休みを延長してもらい、ようやくラクシャは最後の一振りを完成させた。レベルのほうは、それまでシロガネとの戦いのおかげで、蒼鋼をきっちり加工できるまでに達してくれたらしい。


 それもこれも、シロガネが頑張ってくれたおかげだ。最大限の感謝を込めて、隆也はシロガネの刀身をやさしく撫でた。


「できた……まさか、本当に私一人でできるなんて……」


 出来る限りの全てを込めたラクシャのナイフは、ところどころで詰めが甘かったのか、刀身の内部にごく細かい天空石の結晶が残っているが、偶然にも、それが夜空に浮かぶ星空のように見えて、独特な一振りに仕上がっている。


 切れ味については、無論、申し分ない。


「タカヤ、どうする? 結果はわかりきっているだろうが、一応、やっておくか?」


「ええ。元々それが試験ですから」


 軽く降ったエヴァーの一振りによって、シロガネはあっさりと真っ二つに解体される。


 これで、正式にラクシャの弟子入りが決まった。


 普段の仕事に加えて、弟子の育成――大変だが、頑張るしかない。ただ、すでにアカネ以上に出来る実力はので、そこまで手はかからないだろう。




 新たにラクシャの相棒となった蒼鋼のナイフは、『セイウン(星雲)』と名付けられた。名付け親はシロガネと同じくアカネだったが、刀身がまさにその通りだったので、隆也もラクシャも特に揉めることはなかった。


 新たにシーラットにラクシャが加わり、そして、時間がかかっていた二号店の予定地も決まった。


 隆也も、これからは本格的に武具やその他、冒険者が使う道具を積極的に修理・また作成することになるだろう。すでに、詩折との一件もあってお客さんとなってくれたラルフやセルフィアから、修理の依頼は新しい武具の開発依頼が来ている。


 役目を終えたシロガネに替わって、新たに隆也の相棒探しが始まろうとしていた。

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