第276話 試験 2



 予想はしていた展開だが、やはりラクシャはかなり苦戦している様子だった。


 ただ、両親の才能をしっかり受け継いでいるのか、やはり、見立て通り持って生まれた能力は高い。


 エヴァーによると、人間の場合、魔族や魔獣たちのように、両親の才能≒自分の才能とはならず、どんな能力を持って産まれるかは完全に運だという。


 親が鍛治能力に秀でていても、本人は魔法の才能に特化している場合があり、能力の測定ができる環境に居れば問題ないものの、そうでなければ、自分の本当の力を自覚することなく年老いてしまうことも少ないない、と。


 なので、ラクシャはかなり運が良かったと思われる。

 

 その証拠に、シロガネにあえなく『解体』されてしまった道具たちを見ても、壊れてはしまったが、品質自体は悪いものではない。そこそこ高いレベルが要求される素材でも、しっかりと形に出来ている。


「金属加工の才能なら、アカネよりも上だな」


「だと思います」


 なので、試験の内容にかかわらず、隆也はラクシャのことを社長ルドラ副社長フェイリアに推薦するつもりだ。


 場所の問題はあるものの、二人が動いているから、遅かれ早かれ、シーラットは二号店ができる。


 なので、今やっている調理用のナイフなど、ラクシャのほうでできそうな仕事はやってもらうつもりだ。包丁などの打ち方は、アカネが故郷であるシマズで学んだという製法レシピをその通りに再現しているだけなので、ラクシャでもできるはずだ。


 なので、今のこの状態は、試験というよりも、修行という意味合いが強い。より難しい経験を積ませることで、成長は格段に速くなるのは、隆也のこれまでの経験が物語っている。


 仕事を任せるのに、レベルが高いのに越したことはない。


「うぅ……あと少しだと思うんだけどなあ……悔しい」


 ラクシャなりに手ごたえは掴んでいるようだが、まだあともう一歩というところか。


「ラクシャ、どうする? そろそろ素材のほういいやつに変えてみる? 赤鉄ぐらいなら、言ってくれればすぐに作ってあげられるけど」


「いえ! それでは意味がありません! 絶対に、同じ条件でこのシロガネをぶち壊してみせます!」

 

 隆也の提案にラクシャは強く首を横に振る。

 

 破壊するだけなら単純な素材の性能差で殴ってしまえばいいのだが、強情な少女である。


 彼女とて、鍛冶屋の娘だ。意地もあるのだろう。


 ラクシャの好戦的な発言に、傍らのシロガネがギイン、と強めの銀光を放つ。


『来るなら来い、受けて立ってやる』とでもいいたげな様子で。


 これもある意味、鍛冶スキルを持つもの同士の喧嘩だ。





「こんのっっ、今度、こそおおっ!!」



 ――ペキンッ!


 ――バキンッ!


 ――サクッ。



「……ううぅ~!!」


 だが、固い決意とは裏腹に、シロガネはラクシャからの挑戦を受けては跳ね返す。


 寿命を考えると彼もかなり無理しているはずだが、まだまだ現役で使えるかと錯覚してしまうぐらいには頑張っている。


 隆也に、そして、これから隆也の弟子になろうとしているラクシャのために。


「そろそろ二週間ってところだけど、どうする? いつまでも休みはとれないから、俺もそろそろ仕事に戻らなきゃいけない」


「っ……お願いします、師匠。もう少しだけ、あと一本だけチャンスをいただけないでしょうか」


「わかった。じゃあ、最後の一本ってことで。そこでいったん中断しよう。期限はないから、また改めて出直しておいで」


「……はい」


 悔しさに涙を浮かべながら、ラクシャがゆっくりと頷いた。


 少々厳しい試験を課したかもしれないが、隆也の情けではなく、きっちりと実力を証明しての隆也への弟子入りを果たしてもらうためには必要なことである。


「うっ、く……ぐすっ」


「あれはもうダメだな。焦りと諦めで完全に集中力が切れている。もうやめさせたらどうだ?」


「いえ、一応やらせてあげましょう。そちらのほうが、本人もスッキリするでしょうし。完全に自信を折っちゃったので、元に戻すのに時間がかかりそうですが」


 頑固な分、一度折れると修復するのにも大変だ。このままだと、シーラットへの入社も固辞されるかもしれない。


 さてどうしたものか――涙と汗を流しつつそれでも最後まで作業をやめないラクシャのほうへ隆也が目をやった瞬間、


 天井の方で、きらりと何かの光が瞬いた。


「――あだっ!? な、なに……?」


 そのままラクシャの頭に直撃したのは、青く透き通った天空石の欠片だった。


 この洞窟ならそう珍しくもない鉱石だが、ラクシャの足元に転がったそれは、隆也が以前持ち帰ったものより、かなり純度が高いもののようだ。


 まるで紙でできた石のように軽く、そして、純度の高い水のように、わずかな濁りすらなく透き通っている。


「あんまりこういう都合のいいオカルトは信じるほうじゃないけど……」


「……あの、師匠?」


「ねえ、ラクシャ。提案なんだけど」


 ラクシャの手の中で淡く優しい光を放つ薄青の天空石を見て、隆也は言う。


「最後にその鉱石を混ぜた素材で、武器を打ってみない?」

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