第278話 幕間 暗い森のクズとクズ
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こちら側に来るのは、果たして何年ぶりだろうか。
「賢者の森……記憶と随分違うな。まあ、それだけ歳を取っちゃってことの証拠になっちゃうんだけど」
この世界に来てから時の流れとは無縁の存在になってしまったものの、まともだったころの癖だろうか、たまに人間らしい感傷に浸ってしまうことがある。
あの時はこうだったけど今はこうなってしまった、嘆かわしいことだ、と。
「おっと、いけないいけない。そんなことよりも探し人探し人……っと」
暗闇に包まれた夜の森を、私は一人で歩く。そういえば靴を履かせるのを忘れていて、時折植物の棘がちくちくして鬱陶しい。
今からでも取りに戻ろうかと思ったが、面倒くさいのやめた。
「オブジェクトを消去しますか? ――『きえてよ』」
私がそう言うと、それまで無秩序に地面を覆い隠していた全ての植物が消失し、黒色の土肌が姿を現した。
足裏に伝わるひんやりとした土の温度を感じながら、私は目的の人物がいるであろう場所へと歩いていく。
すると、遠くから穴を掘るような音が聞こえてきた。
――ざく、ざく。
――ざく、ざく。
気配を殺していないから、『彼』も私のことにとっくに気が付いている。
だが、それでも彼は一心不乱に穴を掘っていた。
「ねえキミ、何をしているの?」
「もちろん、穴を掘っているんだ。埋めるための」
「その剣で、かい?」
「まあね。これしかなかったし」
彼の周りには、すでに三十個ほどの穴が開いている。ちょうど人一人ぐらいを埋葬するのにちょうどいい深さと広さだから、ここまで穴ぼこにするのにかなり時間がかかったはずだ。
そして、それぞれの穴ぼこに横たわっている少年少女たちを運ぶのも。
「それ、君がやったの?」
「さあ、どうだろう? 僕はただ痛めつけられていただけで、それに耐えていたはずなんだけどね。気づいたらみんなこうなってた。でも、ひどいよね、僕のおかげで牢屋から脱出できたってのにさ、その後になって役立たずだなんだって、手のひら返し。参っちゃうよね」
「そこにいる男の子たち……でいいのかな? その二人は随分とひどい有様だけど」
「そこの二人もしょうがないよ。僕を見るなり殺そうとしてきて、実際、一度は死を覚悟したんだ。なにせ、僕は弱いから」
比較的大柄な二人の亡骸を穴の中に蹴落としつつ、少年は言う。
といいつつも、少年の体にはかすり傷一つ認められない。話によれば、直前まで痛めつけられたり殺されかけていたようだが。
声色も、やけに落ち着いている。
「ところで、君は誰? 何の用? 僕を追いかけに来た人?」
「ううん。君を迎えにきた人」
彼の問いに首を振って、私はそう答えた。
「今まで私のために色々と動いてくれていた人がいたんだけど、少し前にいなくなっちゃってさ。かわりの人を募集中なんだよね」
「その人に逃げられたの? それは可哀そうに」
「ね。あれはダメな子だった。もうちょっとやれるかなと思ったんだけど」
しかし、遅かれ早かれ『あの子』は捨てるつもりだったので、いい機会だったと思っておこう。
光の賢者エルニカ――優秀だったとはいえ、あれは所詮、作り物でしかないのだから。
「で、どうかな? 君、僕のところに来る気ない? もし応じてくれるんだったら、食べるものと着るもの、後は住むところも用意するよ」
「そんなことできるの? ただのウサギのぬいぐるみのくせに?」
「これは私の身代わり。私本体は出られないからね。でも、安心してほしい。ちゃんと美少女だから」
「別にそこは重要じゃないけど……あ、じゃあ、ここの穴のことって、秘密にできるかな? これは僕のせいじゃない、あくまで正当防衛の範囲内でだって胸を張って言えるけど、この世界の人たちってきっと野蛮でしょ。そこらへん今いち理解できないと思うんだよね」
何の悪びれもなく、自然に決めつけている。
「ふふっ、いい感じにクズだね君。いいよ、引き受けよう。『あったこと』を『なかったこと』にするのなんて、私にとってはわけないことだからね。疲れるけど」
「君も同類じゃないか」
そうして、私と彼はほぼ同時に噴き出した。
やはり私の感じた通り、彼はとてもいい。なんとなく同じ匂いがする。
これなら退屈だった日々も多少はマシになりそうだ。
「まずは私の家に案内しよう。まずは君のことを知らないとね」
「僕? 僕はハルミチ。名字は……あんまり好きじゃないから言いたくない。ところで君のほうは?」
「覚えてない。名前があったのは間違いないけどね。このぬいぐるみはリリー」
「じゃあ、
「ああ、こちらこそ、ハルミチ。君を歓迎する――『元に戻る』」
消えていた植物の蔓や花たちが穴の上に再び覆いかぶさっていくのを横目に、私は、新たな従者となったハルミチとともに賢者の森を後にした。
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