第248話 遊びの時間
※
「……ばかげている」
一方的で身勝手な思い出を嬉しそうに語る詩折に、隆也はそう絞り出すことしかできなかった。
隆也を手に入れるためだけに。
水上詩折だけの名上隆也にして、独り占めして痛めつけて快感を得る。その刹那的としか言えない享楽のために。
それだけの理由で、彼女は、この世界で様々な罪を犯してきたのだろう。
能力を奪うためだけに、詩折を信頼してついていったはずの女子生徒たちを用済みになったら捨て、師匠である光の賢者エルニカと共謀して、火の賢者であるシャムシールをその手にかけ、そしてついには隆也の能力まで奪い――他にも、知らないことは山ほどあるはずだ。
彼女がその身にまとっている制服を除いた衣服、武具、そしてその他の能力。
先ほど詩折が言った『偏愛』の異能の説明を全て信じるのであれば、女子生徒たちの素質だけでは、光の賢者の弟子となったり、ラルフやアルエーテルといった雷雲船のメンバーと肩を並べるほどの実力には届かない。
空っぽの彼女は、全てを人から奪いとらなければ強くなれない。きっと、彼女の『木』は、これまで関わった様々な人々の全ての『木』がまざりあって、凄まじく醜悪な形になっているだろう。
そしてさらに、彼女は隆也の『生産・加工スキル』すら奪うことにも成功し、今やこの世界の人間として、ほぼ完ぺきともいえる存在となったかもしれない。
「ばかげている……そうね。名上君は、きっとそう言うんだろうと思ってた。でもね、」
詩折が鞘から銀の剣を引き抜く。これまでの戦闘で何度かお目にかかった彼女の主武器だろうが、すでに隆也の能力で加工済みなのか、まるで鏡のように刀身が煌めいて見える。
「私にとって、あなたは私の全てなのよ、名上君。今まで空っぽだった私の心を満たしてくれた唯一の男の子。名前もよく覚えていない委員長でも、あなたを虐めていた男子生徒でも、他の誰でもない。私には、あなたが必要なの」
だから、と詩折は続ける。
「そのために、私はなんだってやるわ。エルニカがそのどす黒い腹の中に何をかかえていようが、この世界にどんな秘密があろうが、関係ない。利用して、利用されて、そうやって私はこの世界で生きていく。元の世界なんていらない。名上君とずっと一緒に、死ぬまで。……好きよ、名上君。大好き」
興奮しているのか、上擦った声で自らの銀剣を舌で舐めあげる詩折に様子に、隆也は全身に悪寒が襲われるのを感じる。
死ぬまで一緒、好き。ここだけ切り取ればただの愛の告白だが、全てを打ち明けられた今となっては、なんと背筋の凍る告白だろう。
「……好きだって、そんなこと言われても、」
「そう、断られる。当たり前よね、そんなこと。盗人に好きだと告白されたところで、『ふざけんな』で終わる。私が名上君の立場なら、私もそう言うでしょうから」
だが、そこまで詩折が理解した上で、なお隆也に宣言したということは。
「……力づくでも、俺のことをなんとかするってわけ」
「そういうこと。だって、言ってしまえば、『名上君』は欲しいけど、『名上君』の全部まで欲しいとは思わないから」
そう、詩折は別に隆也の『好き』が欲しいわけでなく、隆也を痛めつけ、苦痛に顔が歪める様を眺めて欲求を満たすことが目的で、それだけあればいいのだ。
「名上君……取引しましょう?」
「取引って、そんなこと言われても、俺には差し出せるものなんてなにも……」
「何言っているの、名上君?」
「え?」
「あるじゃない。ほら、ここにも、そこにも。この場に四人もいるじゃない?」
「っ……!!」
四人。
つまり、エヴァー、メイリール、ダイク、ロアーだ。
エヴァーはともかく、なぜエルニカが隆也たち四人を一緒に谷底に落としたのか。隆也だけが標的なら、魔法で隆也は一人落とすことなど訳なかったはずだ。
「ねえ、名上君……あなたが私のものになってくれるっていうのなら、無傷で」
「――おい、ちょっと待てよ嬢ちゃん」
詩折が四人を人質に取引を持ち掛けようと口を開いたところで、ダイクの声が割り込んできた。
「何勝手に俺ら置いてけぼりにして話進めてんだ? え? 隆也が嬢ちゃんの物になれば、俺らが助かる? ふざけんじゃねえよ」
ダイクが怒っている。普段おちゃらけていることが多く、こういう時にあまり感情をあらわにしないダイクが。
もちろん、ダイクだけではない。後ろにいるメイリールやロアーも同様に怒りを滲ませていた。
「そうよ! タカヤは私たちの、シーラットの仲間よ! 大切なひとよ! シオリちゃん、アンタみたいな危ない人に、ウチのタカヤは絶対渡さんっちゃけん!」
「タカヤ、その女の話なんて聞く必要はない。突っぱねろ」
「メイリールさん、ダイク、ロアー……」
真っ先に取引を拒否を促す三人の気持ちは、隆也としてもとても嬉しい。隆也としても、本来ならそうしたい。
だが、拒否した先に待っているのは茨どころでは済まない道だ。異能があるとはいえ能力は並みのメイリールと、戦闘向きでないダイク、そして、いたって特徴のないロアー。エヴァーがいればまだ勝ちの目は残るかもしれないが、彼女は完全に拘束されて動けない状態である。
……どうしようもできない。
どうしよう。どうしたらいい。
考えろ。今の彼女の欠点はないのか、隙は。エヴァーの拘束を解き、いつもの力を取り戻すための鍵は。
そのために、自分ができることは――。
「できる、ことは……」
ない。
そう、ない。この状況を打破するために、今の『無能』の隆也にできることはなにも。
「はぁ、はぁっ……ふふっ、いいわ名上君。それよ、それ。今の自分じゃなにもできない。私の言うことを聞くしかない。でも、そうしたら仲間に一生恨まれるかも――辛いわよね、苦しいわよね? ああ、いい。間違いない。やっぱり名上君は最高ね!」
選択を迫られる隆也の苦しい表情に、詩折の頬が徐々に紅潮していく。
「あ、そうだ。……ねえ、名上君。時間、欲しいわよね? いえ、言わなくてもわかるわ。大事な人たちとの別れだものね。きっちり時間をかけて考えて、答え、出したいわよね?」
詩折が銀剣を地面に突き刺した瞬間、隆也たちの足元の床がガラガラと崩れ落ち始めた。
隆也たちの眼下にあるのは、先程の茶番よって崩壊した氷の大穴と、そして、その騒ぎによって住処から出てきたと思われる、出口を塞がれて行き場を失った魔獣たちの群れ。
「下でもうちょっとだけ時間をあげる。……もし決心がついたら私に言ってね?」
もう彼女には何を言っても届かない。
なぜなら、すでに、詩折による遊びの時間は始まっているのだから。
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