第247話 わたしのもの

(まえがき)

※ 過去話です。あまり気分のいい内容ではないかなと思うので、そこだけ注意していただければと思います。

―――――――――――――




「昔話をさせてくれないかしら?」


 まあ、相手がダメといっても、私はもう止まらないのだが。



 ※



 ぞくりときた、というのは、多分このことを言うのだろう。


 彼……名上隆也君の初めて認識したときに、私、水上詩折は思った。


 彼と同じクラスになったの、2年に進級した時だ。だが、その時私は彼のことを文字列のみで認識していて、顔と名前が一致することはなかった。興味がなかった。もちろん、それは彼に限った話ではなく、クラス全員の話だ。


 1年の時のように、変わらず凪のような日常を過ごそうと思っていた。両親は私のことをいい子だと言うし、それ以外の他人は優等生だ、時には私の容貌を見てアイドルだなんだと持て囃していたが、その感覚が私にはわからなかった。


 私は主体性のない人形のようなものだ。親から勉強しなさいと言われたからやっているだけだし、教師からクラス委員をやってくれないかと言われているからやっているだけ。


 やりたいとか、やりたくないという意志はそこに存在していない。


 だから、人形なのだ。


 大人たちの顔を伺う。


「いいこだねえ」


「きみはいいこだねえ」


 そう、ほとんどの人が言っている。だから、そうしているに過ぎなかった。


 物心ついたときだろうか。『人のくせにお人形みたいに綺麗で、人のくせにお人形みたいに空っぽな器』――母方の実家にすんでいた変わり者の叔父さんが私をそう評した。まさに的確な表現だと思った。多分、その時、私は初めて他人に対して興味を持ったのだが、早々に両親から『もう会わないように』ときつく言われ、その人とはそれきり会わなくなった。


 思えばそこがなにかの分岐点だったような気がしなくもないが――まあ、今となってはどうでもいいことだ。


 とにかく私はいつも通り人形みたいなやつに戻った。


 そうして過ごしていたときのこと、クラスに不穏が訪れる。


 名前は――まあ、覚えていないが、高校生とは思えない図体をしていた男子生徒が主犯となって、クラスの気弱そうな生徒たちを痛めつけていたのだ。別に他人がどうなろうと興味はなかったのだが、担任に言われてしまったので仕方なく、関わるしかなかった。


 委員長が穏便に、やんわりと、なるべく波風を立てないよう注意していたが、彼はその委員長の隣にいる私のことばかりに目が言っていて、もちろん止まることなどない。


 クラスの空席が一人増え、二人増え……一年経つ頃にはほとんどがいなくなってしまうんじゃないかと冗談みたいなことを考えていた時だった。


 それが、私の名上君の本当の意味での出会いだった。


 初めのうちは、ああまた犠牲者が一人でたな、いつまでもつかな、一か月か、はたまた二か月か――前を向いたまま、そんな冷えた頭で考えていた。


 だが、名上君は意外に耐える。一回目より二回目、二回目より三回目。味をしめた加害生徒のやり方はよりエスカレートしていくわけだが、それでも名上君は遅刻することなく学校に来て、そして毎日のように痛めつけられている様子を気配で感じていた。


『水上さんも一緒に注意してくれないか』とは、委員長の言葉だ。面倒くさくなって私に丸投げしてきたのだ。


 そうして、放課後、まさに名上君が痛めつけられている場所に赴いて。


 運命を感じた。


 思い切りぶたれて頬を腫らしている名上君。顔を、頭を必死になって守りながら小声て『やめて』と懇願する名上君。我慢できなくなって、ついには人前で泣き出す名上君。


 それを見た瞬間、私のからっぽだったはずの器に、なにが満たされた気がした。


 ぞくりときた。


 私はいったんその場から逃げ出した。加害生徒はそんな私の背中に『怖気づいたか』と下卑た笑いを浴びせたが、人形のわたしに、そんな感情はない。


 あるのは、名上君の苦しそうな顔を思い浮かべる度に突き上げる、痺れるような感覚だけだった。

 

 あとで勉強して調べた結果、それが一種の快感なのだと自覚するのは少し先だったが、それを境に名上君……いや、正確には『いじめられている時の名上君』を見るようになっていった。


 その時初めて、私は、自分で自分のやりたいことが芽生えた。

 

 教師や委員長には『注意せずに逃げてしまった』と行動の事実のみ伝えて、私は元のように名上君へ背を向けた。もちろん、ただのフリである。前を向いたまま、私は名上君の痛ましい様子を食い入るように見つめていた。


 ――ああ、また名上君があんなことに。


 おそらく他人の言うような『いいこと』とはかけ離れているのだろう。だが、私はそれをやめなかった。もちろん変わらず優等生を演じ続けていたが、その中身はとんでもなくどす黒い感情が渦巻いた。


 そしてさらに、またある日を境にしてその感情に微妙な変化が訪れる。


 ――もし、人にやらせるのではなく、自分でやったら、一体どうなっちゃうのだろう?????


 私の妄想が、もう一段階変なところへ押し上げられた瞬間だった。


 ただ痛めつけるなんて芸のない。私だったら、こんなことをしてあげるのに。


 私なら、もっともっとうまくやれる。そのほうが、きっと名上君だって嬉しいはず。


 名上君名上くん名上クン――。


 名上君が欲しい。自分だけのものにして、いつでも好きな時にあんなことやこんなことをしてみたい。


 空っぽだった私の器を埋めてくれるかもしれない、私の大事なひと。


 しかし、どうしても、最後のところで周りの環境が邪魔をする。『いい子』を求める周囲と、それに合わせざるを得ない私。さすがにお勉強はできたから、やってはいけないことぐらいは理解できる。


 どうやったら、この壁を突破できるのだろう。世界まるごとだなんて贅沢なことは言わない。ほんの一部分だけ、この教室内だけでいいから、何かが起こって欲しい。


 お願い神様、もう名上君しか考えられない――。


 そんな常識外れの叶わないことをぼんやりと願い続けて、ついに迎えた修学旅行の時。


 私の願いはすぐに聞き届けられ、異世界に来た瞬間、私の『半分』が名上君で満たされた。


 気付くのに時間はかかったが、私のオリジナルスキルの性能が判明した時点で、私はその能力に『偏愛』と名付ける。


 自分にとって大切な人、もしくは他人とって自分が大切な人となった時点で、その人の『半分』を奪い取ってしまう能力。それが私の異能の正体。


 ということは、つまり、もし名上君との信頼関係を一瞬でも築ければ、名上君で私のすべてを満たすことが出来るかもしれない――そう思いつつ、私は行動を開始したのだ。


 もちろん、名上君の『下半分』が特別だったことは予想外で、そのことが目的を困難なものにさせたが、不可能でなければ、偏愛の異能と自分のこれまでの世界で培ったモノを駆使すれば、きっと名上君を自分に振り向かせることができるだろう。


【待っててね、名上君。きっと、あなたの『根っこ』も、私の『空っぽ』の力で、奪ってあげるから】


 ありがとう神様、ありがとう異世界。


 そうして、歪な形をとりつつも、私は『人形』から『人間』へと姿を変えていく。

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