第246話 オリジナルスキル
「―――づっ!?」
「んぐっ」
「ぶふっ!」
「ぐっ……!」
クレバスに飲み込まれた四人は、数十メートルほどの落下の末、ようやく底と思われる場所に落下した。
それだけの落下なので、運が良くても重傷または致命傷だが、四人はひとまず無傷で切り抜けることが出来た。真っ逆さまに落ちた先に、エルニカが用意していたたのだろう大量の光の羽が敷かれていたのである。
落下の衝撃を相殺する役割を果たした羽毛たちは、そのまま幻のようにふっと消えてなくなった。
「タカヤ、大丈夫?」
「はい。なんとか……」
駆け寄ってきたメイリールの手をとって、隆也は立ち上がった。
上の様子を伺うが、やはり、ここからではミケやレオニスの状況はつかめない氷に反射した明かりだけが頼りの薄暗い静寂が、上空には広がっていた。
直前までの様子から、あくまで目的は隆也であることはわかっている。なので、双方どちらでも、機をみて撤退してくれればいいのだが。
「助かったのはいいけど、やっぱりちょっとばかし寒いな。タカヤ、少し前に調合してくれた体を熱くする薬って……あ、」
いつもの調子で言いかけたダイクの顔が、途端に曇っていく。
「……すまん」
「気にしないで。別にダイクが悪いわけじゃないんだから」
だからこそ、いつまでもこの状態というわけにもいかない。
取り戻さなければならない。
だが、果たしてそう簡単にいく相手だろうか。どんな目的があるのか知らないが、犯人は、隆也の素質のためにエルニカまで巻き込んで命がけとも言える茶番を繰り広げるような人間なのだ。
戦うことになったら、この四人では絶対に勝てないだろう。存在からしてレベルが違いすぎる。
だから、もし、その状況になったらとしたら。
「……ごめん、みんな」
「ん? タカヤ、今なんか言った?」
「いえ、なんでも。それよりも、ここからどうやって脱出するか考えて――」
ブブ――
と、隆也が気を取り直したところで、視界の端に、黒い甲虫が映り込んだ。
「これは――」
どうやら、彼女のほうも、この期に及んで本性を隠す気はさらさらないようだ。
俺についてこいとでも言いたげに、甲虫は視界の先にある暗闇の中へ向けて羽ばたいていく。
「タカヤ、あれ」
「はい。多分ですけど、水上さんの能力で間違いありません」
「シオリちゃんのことよね? ……じゃあ、助けにきてくれたってこと?」
「いえ。残念ながら、それはないです」
「どういうこと?」
「実は――」
そうして、隆也は三人にも詳しく事情を説明する。初めは三人とも信じられないと驚きはしたものの、よくよく考えると思い当たる節はあったようで、最終的には隆也の言葉を信じてくれた。
「なるほどね。まあ、言われてみれば微妙に怪しいかな? とは思っとったけど」
「メイリールさんは気づいてたんですか?」
「まあ、ちょっとだけ。タカヤは近くにおってわからんかったかもしれんけど、あの子、ずっとタカヤのことばっかりで、私らのことなんて眼中にない感じやったし」
ダイクとロアーは無言で首を傾げているが、メイリールだけは心の片隅で警戒していたようだ。思えば、ミケはもっと露骨だった気がする。さすがは女性の勘といったところだろうか。
十分に警戒しつつ、隆也たち四人は甲虫の後を追いかける。中はもちろん暗闇だが、甲虫のお尻あたりから発せられている淡い光のおかげで、なんとか見失うことなく、奥へ奥へと歩を進めていった。
一時間ほどだろうか――途中で完全に方向感覚を失いつつ、右へ左へ、時には何段にもおよぶ段差を上ったところで、ようやく、案内役の甲虫が姿を消した。
「タカヤ、ここ――」
「ええ。何かの部屋、だとは思うんですけど」
たどり着いたのは、四方が石壁で囲まれている場所。しかも、これまでとは違ってかなり広い。暗闇に慣れた瞳で周囲を観察すると、中央に祭壇らしき場所と、それから石畳。明かりを灯すための燭台もある。
間違いなく、人の手が入っているはずだ。
大氷高で、こんな場所があるとすれば、隆也が予測する限りは一つしかない。
そう思い至ったと同時、中央の燭台と、そして、壁に埋め込まれていた蝋燭に、煌々とした炎が灯る。
部屋の全貌があらわになったところで、隆也はすぐに、燭台のそばで光の鎖によって後ろ手に縛られ、うずくまっている一人の女性を見つけた。
「!! タカヤ、どうして、お前がここに」
「いや、それはこっちのセリフですよ。……師匠」
そこにいたのは、間違いなく隆也の師匠であるエヴァーだった。外に出来る時でさえ滅多に袖を通さない深緑のローブに袖を通している。彼女の正装だ。
大氷高にエヴァーがいることは、ミケが話していた通り、すでに周知の事実である。
彼女は『墓』にいる。
つまり、この場所は、大氷高の頂上だ。
「来てくれてありがとう、名上君。本当なら迎えに来てあげてもよかったんだけど……あんまり時間がかかるとこの人、力づくで鎖を引きちぎっちゃうかもしれないから」
燭台の陰から現れたのは、やはり詩折だった。制服はそのままだが、羽織っているものが違っている。エルニカを想起させる純白のローブ。
「無事でいてくれて何よりだよ、水上さん」
「あら、そう?」
「うん。死なれたら、盗られたものが戻ってこないかもしれないし」
「……バレてたか」
にやりと笑って、詩折が自身の魔力を素材として全回復薬を生成し、空になったガラス瓶にそれを流し込んだ。
間違いなく、それは隆也の素質だった。
「名上君、この能力、本当に便利ね。素材の加工、錬金、調合……全部思いのまま。まるで本当の創造者にでもなったみたい」
「……返せ、って言ってもどうせ無視するんでしょう? 行方不明になった女子たちみたいに」
「ふふ、それは……どうかしらね?」
そう言って、詩折は悪魔のように笑う。
これこそ、異世界に来てからずっと隠していただろう、彼女の本性だった。
「小娘……私の弟子に何かしたら、どうなるかわかっているだろうな」
「ふふ、無駄よ。【全適正もち】の名上君の力をぜぇんぶもらい受けた私の総合力なら、もうエルニカにだって引けを取らないわ。もちろん、あなたにもね」
「全、適正……?」
その言葉に、エヴァーと隆也の表情が固まった。
どういうことだろうか。この世界の転移時に隆也の身に発現したのは『生産・加工スキル』だったはずだ。これまで定期的に才能を確認する機会はあったが、戦闘や魔法を行使する才能はない。
だが、隆也の能力を奪った詩折が今さらそんなウソをいうとも思えない。
ということは、隆也があれほど役立たずとののしられ、そして使えないとクラスメイトたちから追放されたのは。
「全部、全部君のせいなのか、水上さん」
「だとしたら、どうする?」
「っ……!」
彼女の唇がさらにいやらしく歪むのを見て、隆也は確信した。
「――そこまでたどり着いたのなら、教えてあげましょう。私の本当の
※
真実は、きっかけとなった事件のはるか前、水上詩折が、名上隆也と初めて出会ったころにさかのぼる。
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