第241話 阻止
詩折とミケ、二人が相手にしているファルメの手下たちだが、実力的に言えば、二人よりは下回るのだろう。現に隆也を背にしたこの状況でも、焦りなく冷静に対処できている。
ミケが氷爪を振り下ろし、詩折が銀剣を閃かせて、確実にダメージを与えているはずなのだが。
「どうしたの? それじゃあいつまで経っても私やレオニスに刃は届かないわよ」
だが、ダメージを与えても与えても、敵側はそのたびに傷を再生して元通りとなって戦列に復帰してくる。
それを阻止するためには、なんとしても先にファルメをやらなければならない。
「っ……きりがない」
「術者をつぶせば楽勝なんでしょうけどね……」
二人の視線が一瞬だけ隆也のほうへ向いた。
実は、戦いが始まってから今まで、敵のは一貫して隆也を狙っている。
この中の三人で、唯一、隆也だけが魔法なしに仲間の受けたダメージを癒し、戦闘を支援することができる存在である。
「ねえ、ミケ。あなた、一人でここ守れる? 正直に」
「……たぶん、私じゃむり。あなたは?」
「あいつら強くはないけど、すばしっこいことに間違いはないから……一斉に来られたら、間を抜かれる可能性はゼロじゃない、かもね」
加えて、ファルメを守護するレオニスの存在。ファルメを攻撃するためには、まず間違いなくそちらを処理する必要があるが。
「……名上君」
詩折が再びこちらを見、ローファーのつま先をとんとんと鳴らす。
「……」
その意図に気づいた隆也は、なにも言わず頷いた。
おそらく、詩折は『ラビットフット』を使うつもりだ。特定のステップを踏むことによって気配を遮断する異能。幸い、この異能を使っているところを敵には見られていないはずだから、一度きりだが不意打ちもできるだろう。
もちろんその間、隆也の守りはミケのみになるが、そこは自分で頑張るところである。
どうすれば、この場を切り抜けられるか――。隆也は周囲をくまなく観察し、そして思考を巡らせる。
「ミケ、こっちに」
「うん」
詩折が一歩前に出た瞬間、隆也はミケをすぐ近くに呼び寄せる。ミケのそのほうが守りやすいだろと言う判断だ。
「あら、もうしびれを切らしちゃったの? まったく、堪え性のない――」
「ラビット――」
ファルメが言い終わる前に、詩折の姿が消えた。
「消えた……でもっ」
よほど守りに自信があるのだろう――詩折が仕掛けたのに合わせて、レオニスを除くすべての手下たちが、迷わずミケと隆也に殺到する。これまで二人で対応してやっとなので、ミケ一人の力ではどうにもならない。
「うううっ――!」
一匹を体当たりで弾き飛ばし、すぐさま次の一匹を爪で刻み、さらにもう一匹を噛み砕く。だが、それでも三匹。
度重なる敵の攻撃でミケの氷の鎧にひびが入り、一部が砕ける。隆也もかなり魔力を込めて錬成したつもりだったが、さすがに神狼の爪や牙を食らって、まったくの無事というわけにはいかなかった。
「「グウウッ――!」」
ほんの一瞬、ミケが怯んだところで、守りをすり抜けた二匹が隆也へと迫る。
「ご主人さまっ」
強引に残りの敵を処理したミケが隆也を庇うべく飛びつこうとするも、ほんの少し間に合わない。
「くっ……!」
隆也は頭を抱えて、亀のようにその場にうずくまった。詩折のほうはどうなっているか、この状況では確認のしようもない。
やはり、リスクの高い賭けだったか――。
敵の鋭い爪が、か弱い人間である隆也を刻もうとしたその瞬間、
ブブブ――!
「! これは――」
隆也のすぐそばで突如発生した夥しい甲虫の群れが、隆也の周囲を包み込んだのだ。
「「ッ……!?」」
大量にまとわりつく虫たちが手下の神狼へと殺到して、動きを封じる。寸前で虫たちが守ってくれたおかげで、隆也のほうもわずかなかすり傷ですんだ。
「虫……!? そんな、いつのまにそんなもの――」
「バグズノイズ――侮ったわね。私たちにだって、手下――いえ、協力してくれるコたちはいるのよ」
ファルメの目が驚きで見開かれた瞬間、彼女の全身を幾筋もの銀閃が通り抜けた。
その直後、異能を解除した詩折が姿を現す。
紅潮した皮膚が元に戻ったということは、『ハイ・テンション』も解除されたのだろう。
「さよなら。戦いとしては、まあまあ楽しかったわよ」
キン、と詩折が剣を鞘へと納めた瞬間、ファルメの体からいっきに血が噴き出した。
「か――ぁ……れ、レオ、」
「ああ、あの図体だけの奴なら、そこでくたばってるけど?」
詩折が指さした先には、頭部から血を流したレオニスが横たわっていた。戦う直前に抜き取ったのだろうか、隆也が予備の武器として作製していた神狼のナイフが、彼の頭部に突き立てられている。
迫力の割にはいささか簡単にやられ過ぎな気もするが――しかし、動けないのは確かだろう。
「ぐっ……これしきのことで……私にはまだ、魔法が」
震える腕を掲げたファルメが、力を振り絞って魔法を発動する。神狼たちの傷を癒した謎の魔法。
中空に浮かぶ光の剣から発生した粒子が、ファルメに、レオニスに、そして傷ついた手下たちを癒そうと降り注ぐ。
いくら瀕死になっても、魔法が完全に解除されない限りはまた立て直せる――。
「……無駄ですよ、ファルメさん。多分、その魔法、今この瞬間に限っては使えないと思いますから」
「っ……!?」
しかし、その目論見を阻止したのは隆也だった。
「は、はっ……? 封じた、ですって……? 魔法を使えないはずのあなたたちが、そんなことできるわけ、」
「では、やってみてください。直している間、手出しはしないと約束しますので。水上さん、いいよね?」
「……ええ、構わないわ」
隆也の指示に従って、詩折がファルメから間合いを取る。これで存分に魔法の行使に集中できるだろう。
しかし、治療されているはずのファルメの顔はどんどんと青ざめていく。
「どうしました? 傷のほうが、治っていないみたいですが」
「っ……!」
癒し、元通りになるはずの傷が治らない。光の粒子は依然として降り注ぎ、傷口に集まっているものの、先程のような再生現象は一切起こらない。
なぜ、このようなことになっているのか。
「タカヤさん、あなたいったいなにを……」
「別に大したことはしていませんよ。僕たちはただ、『塩』を大量にまいただけですから」
隆也が胸のポケットから、白い粉の入った小瓶。
それこそが、ファルメの魔法を封じるため、隆也が仕掛けた小細工だったのである。
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