第240話 ハイ・テンション


「そう、やっぱりやる気なのね。せっかく、ここまでお願いしてあげたっていうのに――」


 ファルメがゆっくりと右手を上げた瞬間、群れの神狼全体をうすぼんやりとした光の靄が纏った。再び魔法の使役……であれば、彼女こそ結界魔法を展開している張本人なのだろう。


 自分の構築した魔法であれば、自分にだけ効果範囲が及ばないよう術式を組むことだって可能なのだから。


「水上さん、今発動してる異能って、どんな能力のなの?」


「ハイ・テンションは、一定時間限定で、異能や魔法の発動による魔力・精神力の消費をほぼ0に抑える能力のことね。だいたい一日~二日で一回しか使えないのが玉に瑕だけど。使った後はものすごく疲れるし」


 オメガレイのような大きく魔力を消耗しそうな大技や異能を乱発できるということになるから、確かに反動も大きなものとなるだろう。


 イメージとしては、元気の前借のような感じか。


「元気の前借……待てよ、それなら」


 ここで、隆也はとあることを閃く。


 初めて試みることだが、直接戦闘に参加できない以上、後方支援で貢献するほかない。


「……ご主人さま、何をするつもり?」


「うん? いや、今しがた新しい飴玉のレシピを思いついてね」


 精神をぐっと集中させ、これまでに得た薬学の知識を総動員して、隆也は手のひらに現出させた魔力を練り上げていく。


「興奮作用のある成分を種子から抽出、麻痺毒と混合して、運動神経を麻痺させる成分は除去させたうえで――」


 そうして隆也が作り上げたのは、淡い紫の光を放つ飴玉だった。ミケにせがまれて、たまに何個かあげているものの改良版である。


「ミケ、これ舐めてみてくれない?」


「ん――」


 言われるままミケが隆也の差し出した飴玉を頬張ると、その瞬間、ミケの銀の体毛がぴん、と針のように逆立った。


「なにこれ……すごく体が熱くて、今にも暴れたくてうずうずするみたいな」


「強壮効果のある飴玉ってとこかな。即効性を重視したから効果時間は短いけど、その間は、疲労感を極端に軽減することが出来ると思う」


 詩折オリジナルには敵わないだろうが、それでも、この戦いの間ぐらいは、役にたってくれるはずである。


 この戦いで魔法を封じている術者ファルメを倒せば、後は詩折の魔法で一時離脱できるのだから、出し惜しみは禁物だ。


「ふふ……小細工したところで無駄よ。そんなことでなんとかなるほど、決して私たちは弱くなんかないのよ?」


 瞬間、ファルメを守護するようにして、数本の大きな光の剣が現れる。油断して舐めてかかってくれたらありがたかったが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。


「じゃあ、いくわよ犬。せいぜい足手まといにならないようにね」


「そっちこそ」


 そうして、詩折とミケは一歩、二歩と前へ出る。このまま集団の中に突っ込んで大立ち回りも出来そうだが、その場合、乱戦に乗じて隆也が狙われるかもしれないため、何かあったときにすぐ対応できるための配置だ。


「懸命な判断ね――行きなさい、あなたたち」


 レオニスの隣で佇むファルメが指示を出すと、前衛の数匹が一斉に詩折とミケに向かって殺到する。


 常人以下の反射神経しかない隆也の目では決して捕えることの出来ない速さ――しかし、次の瞬間、


「――ああ、ごめんなさい」


「……あら」


 隆也の目に映ったのは、納刀した状態の詩折と、手足を斬り飛ばされて地面に伏している神狼の姿だった。


「本気ってことで仲間の剣バカに教えてもらった技を使ってみたんだけど。……もしかして、必要なかったかしら?」


 異能だけでなく剣技の才能にも長けている詩折だから、当然、雷雲船の仲間の技を習得していてもおかしくはない。剣だけではなく、おそらく、隆也が会えずじまいだった残り二人の技も。


 強化魔法のかかった神狼を倒すほどの技だから、消耗ももちろん激しいものになるだろうが、その欠点については、この戦闘に限り『ハイ・テンション』で克服することできる。


 もし、魔法の封印がなければいったいどうなってしまうのだろう――そんな恐ろしさを感じるほどに、詩折のパフォーマンスは圧巻だった。


「ミケちゃん、そっち、厳しそうなら変わってあげようか? このぐらいなら、私一人でも大丈夫そうだけど」


「いらない。こっちはこっちで、ちゃんとやれてるから!」


 詩折に負けじと、ミケもきっちりと先制攻撃を抑え込み、主人である隆也の拵えた氷爪ひょうそうで敵を押し返す。一部かわしきれなかった攻撃も、透明な鎧がしっかりと彼女のことを守り、傷一つついていない。


 作成するのは二度目とあって、丈夫さのほうも桁違いに上がっているようだ。


「やるじゃない。でも、それで簡単に終わるとは思わない方がいいわよ? レオニスはまだ動いてないし、それにほら――」


 ファルメの動きに合わせて光の剣が振るわれた瞬間、詩折の斬撃によって大怪我を負ったはずの神狼の手足に、まとっていた光の靄が集まって義足のようなものが形成された。斬り飛ばされた傷も、それによってあっという間に塞がってしまう。


「こうやって、ね。半端に剣でちくちくやってるようじゃ、一生私たちのところには辿りつけないわよ?」


 状況から考えて、おそらくあの光の剣にからくりが隠されているのだろう。あの剣を展開しているファルメを直接叩かない限り、この膠着状態を動かすのは難しい。


「さて、この場の全員を倒すのが先か、あなたたちが倒れるのが先か……お楽しみは、まだまだこれからよ、ねえ?」


 不敵な笑って、ファルメは剣へとさらに魔力を集中させ、守りを堅固なものにしていく。


 やはりこの戦い、単純な力押しでは切り抜けることは難しいようだ。


 この状況を打破するためには――やはり、隆也の力がもう少し必要なわけで。

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