第233話 氷の頂へ
これまで数多くの魔法を見てきた隆也でも、詩折の放った攻撃がいかに出鱈目な出力をしているか、一瞬でわかった。
おそらく、複雑な魔力操作は一切していない。ただ、自分の中を流れる魔力を込めて、まっすぐに解き放っただけ。
その結果が、目の前に広がる光景だった。
「……ふう。久しぶりに撃ててすっきりした。ごめんね、名上君。ひやひやさせちゃって。でも、もう終わったから……はい、これ証拠品」
「うわっ……!」
隆也へと放り投げられたのは、手のひらサイズを優に超える神狼の牙の、そのひとかけら。
それ以外の残骸は、どこを探しても見当たらない。すべて、詩折の
「……水上さん、ひとまずありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。名上君を助けることができて、私も嬉しいわ」
ふ、と微笑んで、詩折は言う。
そこだけ切り取れば、これまで隆也が出会ったどんな人にもひけをとらないほどの可憐な美少女である。隆也も、ほんの少しだけ目を奪われてしまったほどだ。
さしづめ銀世界に降り立った黒髪の、黒い服を纏いし美しい魔術剣士といったところか。
「マーキング云々のことは置いておくとして、水上さんは、どうしてここに来れたの? 転移魔法、じゃないよね?」
「ええ。この場所は私も初めてだったから、連れてきてもらったの。ほら、あそこ」
詩折が指さした方向を見ると、隆也たちのいる場所から遥か上空に、ぷかぷかと不自然な黒い雨雲らしきものが。
「雷雲船……じゃあ、リファイブ様が」
「ええ。彼女、一度だけここに来たことがあるらしいから、お願いしたの。私は船から飛び降りただけ。あ、もちろん私が飛び降りたのはついさっきね。様子見で先行させたのは、私の魔力で作った幻影だから」
つまり、先ほどの問題の答えは『ちょうど今』となる。解答者は、隆也の手にある牙の残骸が示す通り、残念ながら、魔法の光に飲み込まれてしまった。
「とにかく、こんなところに長居してもしょうがないから、いったん雷雲船へ行きましょう。ベイロードに残された人たちも心配しているでしょうし」
願ってもない申し出である。雷雲船には、詩折のほか、友人(兼お得意先)となったラルフや、その彼の仲間である二人、そしてアルエーテルもいる。実力的にも詩折と遜色ないだろうし、彼らに保護してもらえるのであれば非常に心強い。
だが、差し出された手を、隆也たちがとることはなかった。
「……名上君?」
「ごめん、水上さん。助けてくれるのは嬉しいけど、でも、俺たちミケのこと探さなきゃ」
「ミケ……ああ、あの獣人の子?」
「うん。彼女も俺たちの大事な仲間……家族みたいなもんだから」
当初は彼女一人でも大丈夫だと思っていたが、隆也たちがこのような状況になっても戻ってこないということは、何か予想外のことが起こったに違いない。
身動きが取れないのであれば、何があっても助けにいく。それが、四人の共通した想いだった。
「……なるほど、わかったわ。私は嫌われているみたいだから、あのミケって子は正直苦手だけど。でも、名上君が助けたいっていうのなら」
「! 手伝ってくれるの?」
「もちろん。乗り掛かった舟だし、この一件が終わる最後まで付き合ってあげるわ」
頷いて、快く詩折は応じてくれた。ミケをこれから探索するうえで、これ以上ない戦力である。
四人で大氷高の環境に挑むのは大変だが、ミケすら圧倒するであろう詩折がいれば、襲われるリスクは限りなくゼロになる。
自然と、仲間たちの間に、弛緩した空気が流れた。
「あ、でもその前にちょっと船のほうに戻らせてくれないかしら? 探索に時間がかかるなら装備もちゃんとしておきたいし。薬とかも」
当然の判断だろう。それに、詩折から事情を聞けば、ラルフやアルエーテルも降りてきてくれるかもしれない。
だが、詩折が雷雲船へと戻ろうとしたところで、異変が起こった。
「……へえ」
「水上さん?」
「魔法が封印されたみたい」
「えっ……? でも、さっきまでは普通に使えてたと思うけど」
「異能力のほうは大丈夫そうだけど……これを見て」
詩折が足元を指し示すと、彼女を中心に発動しようとしてる魔法陣に、白い靄が浮かんでいるのが見えた。
「……楔か? これ」
身を乗り出したダイクが言った。
「ダイク、見えるの?」
「ああ、俺もギリギリだが。魔法の発動を妨害するみたいにして、小さなヤツがぶっ刺さってる。これも魔法の一種だな。結界魔法ってやつだ」
「ご名答よ。多分、効果範囲はこの山一帯ってところかしら。誰か知らないけど、随分と大がかりなことをするじゃない」
詩折がオメガレイを放ってから今までの、わずかな時間で発動したのだろうか。
いったい誰が、なんの目的でこんなことを。
これも、隆也を呼び寄せた者たちの企みだろうか。
「とにかく、今は行きましょう。時間が遅くなれば、アルエーテルあたりが様子を見に来るでしょうし。……大丈夫、魔法がなくても平気だから。私を信じて」
「……うん」
不安はあるが、今は詩折の言うことを信じるほかない。
彼女さえいれば、きっと――。
そう思いながら、隆也は、先導する詩折の背中を追いかけたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます