第234話 幕間 私の両親


 ※


 ご主人様と別れた後、私はすぐさま避難できそうな場所を探す。


 この場所に来るのは本当に久しぶりで、もうどこに何があるかなんて覚えてなんかいない。


 ベイロードだったら、もうどこに何があるか全部全部覚えているのに。


 ちょっと生臭い魚の匂いと、海風が運んでくる潮の香りが、今の私のすべてで、そして居場所だ。


 全部全部、私のことを助けて、面倒を見てくれた、やさしいやさしい大好きなご主人様のおかげ。


 だから、私は絶対に役に立って見せる。

 

 こんなところで、ご主人様や、メイリールたち他のみんなを凍えさせてはならないのだ。


(……こっちかな)


 鼻で感知し、耳を澄まして、私は洞窟の場所を探る。強引に穴を掘ることはできない。この雪の量だから、ちょっとしたことがきっかけで雪崩が起きるかもしれないからだ。


 ほんの少しの洞穴でいい。雪と風さえしのぐことができれば、あとはご主人様がなんとかしてくれる。


 もちろん私も助ける。そしてもっといっぱい褒めてもらって、頭をいっぱいいっぱい撫でてもらうのだ。


 大丈夫。私とご主人様がいれば、どんなところだってなにも怖くない。そうやって、アカネのことも助けたのだから。


 頭に降り積もる雪を首を振って払って、私は白く染まった山を駆ける。


 まだはっきりと確信はできないが、おそらくここからもう少しいったところに洞窟がある。わずかだが、コウモリの声……のようなものが聞こえた気がしたのだ。同時に、フンのにおいもする。


(待っててご主人様……みんな!)


 寒さに耐えているだろうご主人様たちが心配だ。私は確認に急ぐ。


 おそらく大きな洞窟であることは間違いないだろうから、先に縄張りにしてるやつらがいるかもしれないが、その場合はなんとか入口のところだけでも貸してくれないか頼んでみよう。


 現状、私が探ったみたところでも、避難できそうなのはエヴァーのいる頂上と、今向かっている場所ぐらいしかない。頂上は、ご主人様ひとりなら背中にのせてあげて向かえるけれど、今回は他に三人いるから無理だ。


 頂上付近は、氷の匂いしかしない。氷でできた山をただの人間が登るなんて、よっぽど強いヤツか魔法を使えるヤツじゃないと無理だ。


(ごめんね、ちょっとだけお邪魔するよ)


 ほどなくして目的の場所についた私は、コウモリたちが張り付いているであろう天井の暗闇に向かって喉を鳴らす。


 もう少し驚くかなと思ったが、意外に反応はなく、大人しくしている。敵意がないのを感じ取ってくれたのか、それとも、お前など眼中にないと思われているのか。


 私は一度、人の姿に戻った。この姿になると、感覚がかぎりなく人間と同じものになる。みんながここに来ても大丈夫かどうか、私なりに判断しようと思ったのだ。


(フンの匂いがきついけど……地面は暖かいし、ここなら寒さは大丈夫そうかな)


 問題ないことを確認し、私はこの場所の匂いを頭の中に叩き込んだ。あとは、すぐに戻って、ご主人様たちを案内すればいい。少し道が険しかったので、一人ずつ背にのせればなんとかなるか。


 これからのことを確認し、私が再び姿を元に戻したところで、


「――ミーシャ? もしかして、ミーシャなの?」


「……え?」


 私に向かって、そんな声が投げかけられた。


「だれ?」


「! その声っ、や、やっぱりミーシャなのね! そうなのね!」


「……なに?」


 ミーシャ? 何を言っているのだろう。


 私の名前はミケ。ご主人様がいっぱい頑張って考えてつけてくれた、私の大事な宝物の一つ。


「ああ、ミーシャ。私のミーシャ……山からいなくなって、ずっと心配していた……もしかしたらもう二度と会えないんじゃないかって、そう……!」


 そして、暗闇の中から一人の女の人と、それから、その人にぴったりと寄り添うようにして、一匹の大きな神狼が、私の前に現れた。


「ウウウ……!」


 私は身構える。


 こういう訳のわからないことを言って近づいてくるヤツに限って、ロクなヤツがいない……私は知っている。

 

 そうやって、ご主人様も痛い目にあったのだ。

 

 そう、ご主人様の昔の知り合いだとかいう女――確か、シオリとかいったか――よりはマシかもしれないが、それでも警戒するに越したことはない。


 そう、警戒すべき、はずなのだけれど。


 どうして、私は目の前のこの人たちに、いいようのない懐かしさを感じているのだろう。


「……大丈夫よ、ミーシャ。怖くない、怖くないから。さあ、おいで。のところに」


「パパ、ママ……?」


 その言葉を耳にして、私はさらに混乱する。


 パパとママ。その言葉の意味ぐらい分かる。父、母。つまり私のことを産んでくれた人たち。


 人との生活に慣れきった私の脳裏にわずかに残っていた記憶。


 間違いない、この人たちの言っていることは本当のことだ。


 どうする。私はどうすればいい。


 今は戸惑っている暇なんてない。それは理解している。今もご主人様たちは私の帰りを心待ちにしている。もしかしたら、何か良くないことが起きているかも。


「ご主人様、どうしよう。私……」


 それなのに、私の足はちょっとずつ洞窟の奥へ、奥へと一歩ずつ進んでいく。


 仲間を置いて、パパとママが待つ、懐かしい暖かさの中へと。


 ―――――

(※連載再開しました。書籍版と合わせて、こちらのほうも改めて応援よろしくお願いいたします)

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