第218話 素質の加工 1
火山の賢者ことシャムシールがこの国に住み着き始めたのは、遥か昔のこと。
今は国のあちらこちらから温泉が湧く観光地と賑わいを見せているウォルスだが、昔はその麓にすら立ち入ることが危険とされていた時代があった。
その原因は、もちろん噴火による溶岩流や火山灰などの被害。
山の一部が吹き飛ぶほどの激しい爆発を起こした後もその勢いは衰えることを知らず、周辺地域の国もほとほと困り果てていた状況だったようだ。
そこに、彼女は目を付けたというわけである。
「タカヤ、私たち『六賢者』の異名ってのは、それぞれが拠点としている場所によって決まっているのは知っているよな?」
隆也は頷く。
由来については、この世界の人間なら誰でも知っている。その点はエヴァーやアカネ、そして副社長のフェイリアなどに少し話を聞いたことがあった。
判明している分だと、
火山の賢者は、世界最大の活火山であるウォルス山の火口。
雲の賢者は、この世界の空を自在に飛び回る雷雲船。
森の賢者は、大氷高を取り囲むように存在する秘境、賢者の森。
光の賢者は、この世界で古くから信仰されている女神をあがめる宗教国。
といった具合だ。
『海』、それから『闇』の二人についても、聞けば教えてくれるだろう。
「私は他の奴らと違って、あてもなく世界をふらふらしててな。事情はあるにはああったんだが。まあ、そんなどうしようもない時に、私はこの場所のことを知ったわけだ。私は大地と炎の魔法の素質に超特化してたから、魔法で、噴火とか地震とかをコントロールすんのは容易だった」
「だから、度重なる噴火を抑えてあげる代わりに、国ぐるみで研究の協力をしてほしいと持ち掛けたんですね」
「まあな。表向きは『この国で平穏に暮らせるよう自ら人柱となった火山の賢者さまのご加護を』なんて適当な理由をでっちあげているが、実際のところはそうだ。昔は真面目に役目を果たしていたが、魔法で活動をコントロールする必要、今はねえし」
つまりシャムシールがいなくても、この国は何も問題ない。儀式という名の実験を受ける必要も。だが、何も知らない以上、この国の人々はシャムシールに従わざるを得ない。
今は沈静化しつつあるウォルス山の噴火活動も、例えば彼女がその魔法で活性化するよう働きかけたとしたらどうなるだろうか。
だからこそ、彼女は『人質』なんて言葉を使ったのだろう。やろうと思えばいつでも、行動を起こすことができるから。
「幻滅したか? かつては魔界の奴らともドンパチやりあった英雄様が、実は裏でこんなアクドイことやってましたってよ」
「いえ、別に。綺麗ごとだけですべてが丸く収まるなんて、俺だって思わないですし」
そもそも、隆也の場合で言うと、むしろ彼女がそうやって『儀式』をしてくれたおかげでメイリールとダイクは異能を発現させていたわけだし、それによって隆也は命拾いしたのだ。
やっていることと言えば人体実験だが、それだけで良いか悪いかをこの場で言うつもりはない。
それに、隆也がここに来た一番の目的は、あくまで情報を集めることだ。元の世界に帰るという選択肢、その糸口となる材料を出来るだけ手元に多く置いておくためにコソコソしているわけで、その観点から言えば、シャムシールと余計なことでもめるのは勘弁したいところだ。
それに、彼女から引き出せる情報はまだまだあるはず。
「ふうん――んじゃ、引き続き協力するってことでいいな?」
「ええ。だからこそ、師匠も俺のことを、あなたのもとに寄こしたんでしょうし」
一度足を踏みいれた以上、ここから引き返すつもりはない。魔界とのつながり、シマズの先祖の秘密、そしてツリーペーパー……巻き込まれ、すでに色々と深みにはまっているのだ。今更問題が増えたところで状況はそう変わらないし、ならいっそ利用してやろうの精神である。
隆也もそう考えるぐらいには、図太くなり始めていた。
「まあ、エヴァーが見つけてきたせっかくの人材だ、みすみす手放すつもりは毛頭なかったけどな。拉致監禁の手間が省けてよかったよ。なあ、レグダ」
「ええ。この男はともかく、取り巻き連中については少々厄介でしたので、穏便にすんでよかったと」
どうやら彼らはそこまで考えていたらしい。シャムシールやレグダが、怒り狂ったミケやムムルゥ、アカネたち仲間と壮絶な戦いを繰り広げる光景が容易に浮かぶ。
そういえば、アカネも後天的に素質が大幅に変化した一人であることを隆也は思い出す。ゲッカとの修行の際、ゲッカに意識の半分を明け渡していた影響で、元々あった素質のレベルが上昇したのに加えて、氷系の魔法の素質を新たに獲得していたのである。
今思えば、方法は違うものの、シャムシールがやっていたこととほぼ同じだろう。
「そんなわけで、タカヤ、悪いがお前にはもう少しだけ付き合ってもらうぞ」
「やっぱり、これにはまだ続きがあるわけですね」
「当たり前だろ? さっきのは、あくまで『設計図』集めみたいなもんで、本当の『作業』はこれから――」
「ご主人さまっ」
「ミケ。それにメイリールさんも」
というところで、約束通り、ミケがメイリールを伴って勢いよく部屋に飛び込んできた。
いいところを邪魔してしまったのだろう。ちっ、とかすかなシャムシールの舌打ちが隆也の耳に届いた。
「ごめんね、私もここに来るの久しぶりやったけん迷って――って、タカヤ、そこにいる美人さんはどなた?」
「レグダ、後のことは頼む。……じゃあな、メイリール。ダイクによろしく言っておけよ」
「え? あ、あの――」
弟子にそれだけ言い残し、シャムシールはすぐさま扉の奥へと姿を消してしまった。メイリールは覚えていないだろうが、シャムシールがメイリールと会うのは二度目だから、名前ぐらい覚えていても不思議ではない。何せ、彼女も、そしてダイクも数少ない成功例なのだから。
(火燦亭だったな? ……深夜、貴様を迎えに行く。必ず一人で待て。以上だ)
(え、でも――)
(心配ない。すでに手は打ってある)
続いて道具を片付け終えたレグダもシャムシールと同様にその場を立ち去った。先ほど通ってきたはずの扉は、なぜか跡形もなく、その場から姿を消してしまっていたのだった。
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