第219話 素質の加工 2
言われた通り深夜まで待ってから、隆也は、皆が寝静まる中、一人こっそりと布団から抜け出す。
同室にいるダイクやロアーは、ぐっすりと寝ているようで全く起きる気配もない。
メイリールやミケがいる隣の女性陣たちの部屋も、同じように静かだ。
心の中で詫びつつ支度して、宿の外へ出ると、仁王立ち状態のレグダがすでに待ち構えていた。
「全員、ぐっすりと眠りに落ちているようだな」
「……皆になにをしたんですか?」
「宿の人間に、疲労回復効果のある食材を用いた料理を出してもらうよう頼んだまでだ。副作用として強い眠気が襲い、半日ぐらいは深い眠りについてもらうことになるがな」
「なるほど」
全員が気づかないわけだ。料理に薬を混入する形なら、味に敏感なミケやアカネがすぐに気づくだろうが、料理スキルにより睡眠効果が付与されるケースだと、異物が入りこまないので味で判別がつかない。
毒の類ではないだろうが、客をわざと眠らせる料理を出すなど前代未聞である。しかし、この国の人間は、その事情からシャムシールの願いを聞き入れざるを得ない。
「無駄話はこの辺にしておこう。部屋で師匠がお待ちだ」
「また火口まで歩くんですか? ここから山頂までだと、往復してたら朝になっちゃいますけど」
「その心配はない」
「えっ――」
「はあっ……!!」
レグダが大きく息を吸い込んで力を込めた瞬間、彼の全身に大きな変化が訪れた。
肥大した肉体と、全身を覆う頑丈な炎の鱗、そして、背中に生えた大きな翼。
レグダは、翼竜へとその姿を変化させたのだ。
レグダは自分のことを半蜥蜴人と言っていたが……変化の魔法か、それとも元々からそういう体質なのか。
「乗れ。時間が惜しい」
「は、はい」
言われるがままレグダの背中に乗り、隆也は、月が照らすウォルスの夜空を飛翔し、一直線でウォルス山の火口を目指す。
「う、わ――」
振り落とされないよう、隆也はレグダの背中に必死に捕まる。骨格の都合だろうか、首のほうに出っ張りがあったので、そこに指をかけた。
「あれ……?」
上昇+加速に耐えている途中、目に映ったレグダの赤い鱗のうち、一部がやけに変色しているところがあった。
おもむろに触ってみると、他の鉄より硬そうな鱗と較べ、そこだけやけに柔らかい気がする。色も赤というか、茶色に近いというか――。
「――そんなに鱗が気になるか?」
「えと、ほんの少しだけ。……すいません」
「構わん。どうせ、これからお前には嫌というほど触れてもらうことになる」
「? それは、」
「火口へ降りる。言っておくが溶岩には落ちるなよ」
「!? そ、それは降下する前に言っ――!」
反論する間も与えず、レグダは上空で体を翻して、四六時中高温の蒸気を吹き出す住処へと飛び込んでいく。
時間が惜しいから高速で飛ぶのはいいとして、なぜレグダは降下の際、わざわざ錐もみ回転をしたのだろう。
それだけ隆也にはどうしても理解ができなかった。
「師匠、お連れしました」
「ぐえっ」
シャムシールの部屋に着くなり、レグダは隆也をソファの上に乱暴に放り投げた。竜化はすでに解除されて元の少年の姿に戻っているが、その細い腕に似合わず、腕力は意外にあるようだ。
「ん、ご苦労」
シャムシールは特に変わらない様子で、隆也のことを待っていたようだ。先ほどまで酒でも飲んでいたのだろうか、透明なグラスに、わずかにオレンジ色の液体が残されていた。
「師匠、またですか?」
「この時間だからな、仕方ないだろ。……心配すんな、酔ってなんかねえよ」
グラスではなく瓶のほうの中身をガバガバと流し込んでレグダの顔を苦いものにさせる。
(……俺もそっちのほうは心配してはいませんよ)
「……レグダさん?」
「今日のメインはお前だ。くれぐれも師匠の指示に背くことがないよう……いいな?」
「え、ええ」
珍しく反抗的な呟きがレグから聞こえてような気がするが……聞き違いだろうか。
「さて、タカヤ。お前も薄々気づいていると思うが、これからお前に協力してもらいたいことがある。もちろん、目論見通りに行くとは思っちゃいないが、それでも、現状お前ぐらいしか可能性がないものでな」
「……俺に何をしろと」
「何って、加工だよ。私が儀式でやったのとは違う、正真正銘、本物の素質の加工だ。材料と設計図を元に、任意の素質を発現させることができるかどうか。……レグダ」
「はい」
気づくと、レグダが隆也の前で裸身をさらしていた。隆也よりも細身のはずだが、それを感じさせないほどに強靭そうな骨格と筋肉で覆われている。
「今のコイツの素質が、こう」
後ろを向かせて、ツリーペーパーを背中に張り付けた瞬間、彼の血液に反応したインクが、素質を示す木を描き出した。
魔法の素質もあり、戦闘能力にも秀でている。形はオーソドックスだが、すべてが高レベルにまとまっている。また、隆也には遠く及ばないが、加工の素質もあるようだ。
「タカヤ、まずはコイツの木に触れてみろ」
「えっと、こう、ですかね……」
恐る恐る、隆也は紙に描かれたレグダの『木』に手を伸ばす。
まるで生きているかのように蠢く赤いインクに人差し指が触れたその瞬間、
「っ、あづっ――!!」
ヂッ、という音ともに強烈な熱が指先に伝わり、隆也は反射的にツリーペーパーから手を離した。
すぐさま指先を見る。真っ赤に腫れ、痛みが残る――火傷してしまったようだ。
「……どうだ、タカヤ。いけそうか?」
「……あの、」
いけそうか。
つまり、改ざんが可能かという問い。
「なんでか、俺にもわからないんですけど――」
レグダのものに触れた瞬間、なぜだか隆也は気づいてしまった。
指先に感じた熱と同時に脳裏に焼き付いたのは、自分のものではない、おそらくはレグダの魔力回路。隆也に眠る素質がそうさせてしまったのかもしれないが。
もしかしたら、出来るかもしれない。
だが、そのために、もう一度確かめなければならないことがあった。
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