第216話 火山の賢者 3


「理由なんて、そんなの――」


「出来ることがわかっていれば無駄な努力をすることもない、ってか? かわいい顔して、結構ドライだな」


「そこまで言うつもりはないですが……」


 しかし、素質が備わっていなければ何も成すことができない世界である。知識と経験があっても、素質がなければ武器一つ満足に扱えないし、薬の調合や錬金、レア素材の加工なども不可能。


 だからこそ、ツリーペーパーなるものは生まれたはずだ。自分のできること、できないことが明確になっていれば、思い悩む必要はない。できることを頑張ればいいだけのこと。


 そのおかげで、隆也も自分の居場所を見つけることができたのだから。


「ま、大体のやつはそう答えるだろうな。だが、このツリーペーパーには、まだ謎が多い。タカヤ、お前も頭が回るなら、ちったあ考えたことがあるはずだ」


「それはまあ、そうですかね」


 以前より、副社長であるフェイリアや、異世界生活歴の長い光哉、そして王都にいるリゼロッタやラヴィオラにも尋ねてみたのだが、ツリーペーパーがいつ頃作られたのかはわからず、また、なぜ各人の素質が『木』という形で示されるのかは、今でもわからないままらしい。


 ちなみに、作り方もわからないので、数はあるが、何気に貴重品だったりもする。


 いつの間にかこの世界に現れ、そして今もそのまま形を変えることなく残っている謎の便利アイテム。


「今でこそ、多くのサンプルと先人の試行錯誤のおかげで、素質の種類、使える技能、到達可能レベルあたりはわかるようになったがな。でも、これが出来た当初を考えると、こんなモン不親切極まりないだろ」


「……ですね」


 サンプルの一つを改めて見る。


 本当に『木』の絵が描かれているだけで、木や枝、根っこがどのくらい長くなればレベルがいくつになるのかすらわからない。


 初見なら、まず間違いなく、


『あなたの素質はこうです』

『は?』


 としかならない。説明されなければ、意味がわからない。大きいほうがいいのか、真っすぐなほうがいいのか、枝が多いほうがいいのか、果実がついてると特別な何かがあるのか。


 こんなものを作れるような存在なら、もっとわかりやすく、それこそゲームのように数値化してくれれば楽だし、できると思うのだが――。


「――あ」


「どうかしたか?」


「いえ……もしかしたら、この紙って、元々別の目的があって作られたのかもしれないと思って」


 元あった技術を応用したり転用したりして、別の用途に使うことは、ファンタジーでもノンファンタジーでも、そう珍しいことではない。そうやって人々は技術を進歩させてきた。魔法でも、産業でも。


 別の目的で作られたツリーペーパーに目を付け、素質を知るための道具とした――そう予想しても、まったく的外れではないはずだ。


「ははっ、やっぱりわかってるじゃないか。お前、素質あるよ。エヴァーの弟子なんかやめてウチに来ないか? 可愛がってやるぜ?」


「今でも十分大事にされてますので。……というか、シャムシールさんにはレグダさんがいるじゃないですか」


「あいつも優秀は優秀だが、ちょっとどころじゃないぐらい頭が固いからな。話しても全然面白くないんだ」


「……はっきり言いますね」


 隆也は愛想笑いを返した。レグダに会話が聞かれていないとは思うが、今度顔を合わせた時が心配である。


「まあ、そんなわけで私はこの場所を拠点にして、あることを調べてるってわけさ。この国の人間を、人質にとってな」


「人質だなんて、そんな物騒な言い方――」


「だが、事実だ。お前も、この国で生まれた人間にある痣のこと、知らないわけじゃないだろ?」


 メイリールやその家族たちに刻まれた焔の印のことが、ふと、隆也の脳裏をよぎる。


「おい、レグダ! 聞こえているか? 今日の分の儀式、今から始めるぞ!」


 シャムシールの大声が、火口の内部を反響する。レグダに届いているかどうかわからないが、師匠のほうは吸っていた煙草をもみ消して、『儀式』とやらの準備なのか、黒と赤を基調とした魔法衣を羽織って、支度を始めている。多分、それが彼らのいつものやり方なのだろう。


「……場所を移すから、お前もついてこい。山頂にいるお仲間には、先に降りて帰っておくよう伝えておくんだな」


 断る理由はない。そのためにここに来たのだ。


「わかりました。ミケ、お願いできる?」


「いいけど。でも、その後はどうするの? ご主人さまが一人になるのは心配」


「案ずるな犬っころ。儀式といっても、危ないことをするわけじゃないし、何かあっても、タカヤは私が守ってやるよ」


「ウゥゥゥ……!」


「お? 見た感じ氷系統のくせして、この『火山』の私にたてつくか? 売れた喧嘩は買うぜ?」


「っ……」


 ぐっと握ったシャムシールの拳が溶岩のように赤熱する。レグダの魔法はまだ効力を失っていないはずだが、それでも皮膚が火傷してしまいそうなぐらい熱い。隆也など、触れた瞬間に灰だ。


「まあ、立ち合いぐらいは許してやるよ。犬っころの一匹や二匹、新しい使い魔ですとでも言っておけば済むしな」


「熱いっ、う~、頭撫でるな!」


「はっ、心配すんな。ちょっとその部分の毛がなくなるだけだ」


「それじゃあハゲになっちゃうでしょっ!」


 赤熱は収まっているが、それでも熱いのか、ミケが露骨に嫌な顔をしている。そして、力も強いのか振り払うこともできていない。


「おいおい、暴れんじゃねえよ。それじゃあ可愛がれねえだろうが犬っころ」


「ぅぅぅ……ご主人っ」


 属性の相性もあるだろうが、ミケがいいようにもみくちゃにされている。


 火山の賢者、シャムシール。この人とはできるだけ波風を立てないようにしなければならないし、やはり自分にはエヴァーが一番合っているのだろうと思う隆也だった。

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