第215話 火山の賢者 2


 レグダの後を追うようにして柵を越え、火口へと近づくと、当然のごとく焼けるような蒸気が隆也を歓迎する。


「う、あっつ……!」


 皮膚をなるべく守るため、隆也は予め水筒の水をしみ込ませていた布を顔に巻く。ミケのほうは大丈夫そうだが、普段よりも息は荒い。定期的に水分は取らせる必要はあるだろう。


 そんな一人と一匹に対して、前を行くレグダに変わった様子はない。体質なのか、慣れなのか……さすがにこんな場所を住処にしているだけのことはある。


「この先にある穴を下りれば、お師匠の部屋はすぐそこだ。……早く来い。今から貴様らに熱防護をかける」


 レグダが赤い鱗で覆われた左手を隆也たちのほうへかざすと、瞬間、それまで感じていた熱や暑苦しさが一気に和らぐ。この状態を維持してくれるのであれば、火口に降りても問題なく動くことはできるだろう。


 もちろん、我慢は必要だろうが。


 時折、石壁の隙間から吹き出す超高温の蒸気に気を付けつつ、隆也とミケは、シャムシールの部屋があるという穴の前へたどり着いた。


 外から中を覗き込み、目を凝らす。


「レグダさん、穴の先で揺らめいている赤とか橙の光みたいなのは……」


「無論、溶岩だ。師匠のおかげで完全にコントロールされているが、ウォルス山は完全に活動を停止しているわけではないからな」


 レグダの魔法があるとはいえ、だからといって防護が完璧なわけではない。溶岩に突っ込むようなことがあれば、人間の体など、黒焦げどころか魂までまとめて溶岩の仲間入りになるだろう。


「師匠、お連れしました」


「……、……!」


「――はっ、ではそのように」


 シャムシールからなんらかの指示を受けたレグダが、こちらへと向き直り。


「レグダさん?」


「いけ」


「え?」


 その言葉に、隆也は首を傾げる。


 いけ、と顎で穴のほうをしゃくっているので、そのまま飛び込めと言いたいのだろうが。


「師匠からそう指示を受けた。お前と二人で話がしたいと」


「俺と、ですか?」


 レグダは頷く。


「理由は知らんがな。もちろん、そこのお供もついてきて構わないそうだ。どうせ話しても理解できないだろうから、と」


 その言葉にミケが喉を低く唸らせる。それだけ難しい話なのか……いずれにせよ、隆也は内心むっとした。


 このレグダという少年、まったく遠慮というものを知らない。六賢者は、弟子も含めてこんな人間が多いのかもしれない。


「わかりました。……あの、そのまま降りても大丈夫なんですよね?」


「…………」


「おい」


 無言で顔を背けられてしまう。行くしかないのはわかっているが、そこは確認が欲しい。


「ご主人さま、いこう。あぶないと思ったら、途中で引き返してコイツの喉をかみちぎればいいだけの話」


「……聞こえているが」


「わかってて言った。ご主人さまに意地悪するヤツ、許さないから」


 むせかえるような湿気と熱気が包むなか、二人はにらみ合う。友好的にいきたいところではあるが、雲の賢者のところのようにうまくはいってくれないらしい。


 まあ、今はこんなものだろう。


「ミケ」


「……うん」


「レグダさん、迷惑かけてすいません。このお礼はまたいずれ必ず」


 レグダは変わらず無愛想だが、聞こえてないわけではないだろう。反応は待たず、隆也はミケとともに穴の暗闇の中に飛び込み、そのまま底まで落下した。


 壁を蹴って、軽やかに着地すると、すぐ目の前に人影が待ち構えていた。


 胡坐をかいてこちらを見据える、燃えるような赤い髪をした女性。容姿はエヴァーと同じく妙齢の女性のそれだが、年齢は多分、師匠と同じで不明だろう。


「――よう、来たなぁ?」


「火山の賢者……様」


 ふ、と笑い、火山の賢者ことシャムシールは立ち上がる。


「いかにも、ってな。ま、私のことは好きに呼べ。うちの頭でっかちは『師匠』なんて呼ぶが、私はそういうの、あまり好きじゃない」


「わかりました。俺は隆也といいます。師匠がいつもご迷惑をかけてすいません」


「気にすんな。こっちとしても悪い話じゃないから、引き受けたまでさ」


「あの、ちなみにウチの師匠からはどういうふうに話を……?」


「――それは、こっちの部屋で話そう。今日は特別に開けておいた」


 そう言って、シャムシールはさらに奥の部屋へと隆也を案内する。


「狭いところだし、散らかりまくっててすまないが我慢してくれ」


「いえ、おかまいなく」


 とは言ったものの、確かに散らかっていて足の踏み場もない。床には乱雑に紙がばらまかれていて、すぐにでも掃除した思いに駆られる。


「そこらへんの紙は適当にひとまとめにしておいてくれ。必要なら、持って帰ってくれて構わない」


「え? そんな大事なものいただくなんて――」


 ふと、シャムシールの研究資料に目を落とすと、そこには意外なものが記されていた。


 知らないものではない。むしろ、隆也には特に馴染みのあるものだった。


「……これ、もしかしてツリーペーパーですか?」


「ああ」


 ふ、とシャムシールが微笑みながら言う。床に散らばっていた紙の正体は、ツリーペーパーだった。


「ここにあるのは直近に実験した分だがな。別の場所に全員分保管してある」


「全員分、って……」


「全員は全員だ。この国に住む人間たちの、な」


 つまり、ウォルスに住む人々ということだ。メイリールやその家族たち、そしてダイクだけではなく、この国の全ての。


 ぞわりとしたものが、隆也の背筋を撫でる。


 なぜ、そんなことを。


「わけわかんねえ、って顔してるな。だが、私の目的のためには、必要なことだ」


 うずたかく積まれた紙束のなかから、シャムシールは一枚の紙を取り出した。


 中心に素質の『木』が描かれ、その脇にびっしりと細かい字が刻まれている。


「これは……」


「これまでの実験で判明した、スキルの種類を記したものだ。これでもまだ全然だがな」


 見ると、細かく素質の種類ごとに分類されている。剣や弓など、戦闘にかかわる才能から、魔法といった基本的なものから、『根』の部分に該当する、生産や加工のスキルにかかわる範囲。


 あとは、そこから離れた箇所に記された異能についても。


「なあ、タカヤ。一つ、お前に聞きたいことがある」


 懐から取り出した煙草と思しきものに火をつけ、煙を吐き出しながら、シャムシールは言う。


「――なんで、この世界にツリーペーパーなんて代物があると思う?」

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