第214話 火山の賢者 1


 翌日、隆也は予定通りウォルスの山の頂上へと赴くことになった。


 もちろん、エヴァーが何を企んでいるのか、また、なぜ隆也の目的を見抜いていたのか、疑問はある。しかし、彼女のおかげでウォルスまで来たのが無駄にならなかったのは大きい。


 火山の賢者、シャムシール。


 隆也がこれから会うことになるであろう四人目の『六賢者』だが、彼女が今の隆也にとって有益なものを持っていることは間違いないのだから。


 それに、エヴァーの頭の中はよくわからないが、エヴァーは隆也を本当の意味で困らせたり、不利益を被るようなことを絶対にしない。


 それだけは信じていいと隆也は思っている。


(度々どこかで借金をこさえてくるのさえ直してくれれば、完璧な師匠だと胸を張って言えるんだけどなあ……)


 そんなことを考えながら、隆也は、一緒についてきてくれた仲間たちとともに、頂上へと登っていく。ちなみに、ダイクは家業のほうで親類に捕まってしまったようで、不参加となった。


「ねえ、ご主人さま。ここ、臭う。鼻がまがりそう」


「まあ、温泉地だからね。仕方ないよ」


 鼻が敏感なミケのために持ってきていたマスクを装着させる。


 頂上へと続く登山道の途中、ところどころから白い蒸気がもわもわと立ち込めている場所がある。源泉が湧き出しているのだろう。少し嗅いでみた感じ、おそらくは硫黄などのガスだ。


「タカヤ、はいこれ」


「黒い卵……」


「珍しいやろ? 高熱の温泉のなかに卵ば突っ込んで、ゆで卵にしとうやつ。そこの売店で買ってきた」


「へえ、初めて見ました」


 知っています、とは言わなかった。元の世界でも、そういった場所に行ったことはなかったので、初めて見たのは事実である。


 まさか、異世界で初めて黒い卵を体験するとは思わなかった。


 塩をかけて食べたが、普通に美味しかった。


 途中で小腹を満たしつつ、隆也たちは観光がてら、ゆっくりと頂上を目指す。雷雲船から見下ろしたときはそこまで感じなかったが、ウォルス山の標高は意外にあり、頂上に行くにつれ、道も険しくなってくる。


「一応、ここが登山道の終点やね。火口の様子は、柵のところからちらっとだけ見えるっぽいけど」


 ややあって、頂上とされている部分に着く。柵の向こうも道は続いているが、ぱっと見ただけで傾斜があり、また、整備もされていない。一人でいけないこともないが、滑り落ちると危険だ。


 仕方ないので、ひとまず他の観光客に交じって、火口の中を覗いてみる。


「タカヤ、どうだ?」


「……う~ん」


 が、やはり蒸気に覆われていて中の方までは確認できない。隆也に訊いてきたアカネも同じ様子のようだ。


 エヴァーの話によれば、火山の賢者はこの火口の中にいるらしいが……こんなところに人が住めるのだろうかという疑問が先に来る。


 まあ、だからこそ彼女たちは『六賢者』なのだが。


「時間は……昼時を少しまわったところかな」


 エヴァーの話によれば、使いのものが待っている、ということらしいが、そういえば時間のことを確認するのを忘れていた。


 この後、ここで昼食をとってしばらく休憩する予定だが、それまでに来なければ、無駄足になってしまいそうである。仲間たちに事情を話すわけにもいかないし。


「――あ、ねえ、タカヤ見て、あれっ」


「はい……おおっ」


 と、ここで、それまで大人しかった火口から、ブシュウッ、という音とともに、蒸気が勢いよく空へと噴き出した。


 何か良くないことの前触れか、と一瞬思ったが、楽しそうにしているメイリールの様子を見る限りだと、たまにあることのようだ。


 おおっ、と周囲からも歓声にも似た声があがる。


「――お前が、エヴァー殿の言っていた弟子か?」


「え?」


 蒸気が霧のようになって辺りを覆うなか、周囲の話声に交じって、そんな声が背後から聞こえる。


「ミケ、アカネさん。大丈夫ですから」


「「……」」


 いち早く存在を察知した二人を制して、隆也はその人物の前へ。


「はい。タカヤといいます。師匠に言われて、ここで待つようにと」


「俺はレグダという。火山の賢者、シャムシール様の弟子……立場的にはお前と似たようなものだ」


 姿を現したのは、隆也と同じ背丈ほどの、皮膚の半分が赤い鱗に覆われている少年だった。


「あなた、その……」


半蜥蜴人ハーフリザードが、そんなに珍しいか」


「っ、すいません、田舎暮らしが長かったもので」


「まあいい。……とにかく、師匠が中でお待ちだ。連れてくるよう仰せつかっているから、来い。部屋は狭いから、お供は一人までだ」


 白煙が徐々に濃さを増すなか、レグダは柵を越えて、立ち入りを禁止されている頂上のほうへと向かっていく。ついてこい、ということなのだろう。


「ミケは僕と一緒に。アカネさんは、メイリールさんたちと一緒に待っててください」


「うん」


「わかった」


 隆也は、狼姿となったミケの背中に乗り、アカネに後のことを頼んでから、レグダの後を追った。


 火山の賢者との初対面はすぐそこだ。


――――――――――――――――

(※年内の更新は以上です。ありがとうございました)

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