第202話 ウォルスへ 2
ミケの身だしなみを整えてから、外へ出ると入口の前に見慣れない二匹の魔獣の姿があった。
サイズは小さめだが、おそらく飛竜である。これまで隆也が見てきたドラゴンというと光哉が変身していたドラゴンゾンビだったり、もしくは四天王である
「これを使っていくんですか?」
「うん。いつもは馬車とか徒歩とかで行くんやけど、山登りもあるし、時間がかかるけんね。
隆也の始めて体験する移動手段なので、結構なお金がかかっていることは容易に想像できるが、今のシーラットには王都へのコネもあるため、費用に関してはある程度負担してもらえるらしい。
ラヴィオラのパーティ解散後も、一人王都で頑張ってくれているリゼロッタに感謝である。
「それを使うのはわかりましたけど、操縦は誰がするんですか? 御者とかは……いないですし」
「それは私とダイクでやるけん大丈夫。といっても、ルートは全部この子らが覚えてくれとうけん、大したことはせんけどね」
ということはメイリールとダイクが別々で乗ることになるが、
「あ、もちろんタカヤはこっちね。後ろで私の華麗な飛竜さばきを見せつけてやらないかんけん」
ダイクのほうへ足を向けようとしたところで、メイリールに強引に袖を引っ張られた。久々にお姉さん風を吹かせられる機会だから、張り切っているのかもしれない。
まあ、隆也としても正直な気持ちで言えば、男のダイクの汗臭い背中よりも、メイリールの華奢な背中にしがみつきたいので、断る理由はない。
しかし……。
「……あのさ、」
メイリールに続いて隆也が飛竜の背中に乗ったとたん、飛竜が露骨に嫌がるそぶりを見せて尻尾を振った。
もちろん、隆也を乗せることを嫌がっているわけではなく、
「どうしてみんなして俺のほうに来るの」
その重量が問題だった。
「ミケはご主人様と一緒がいい」
「私もっス」
「わ、私はその、ダイク殿とロアー殿にまだなれていないので……」
予想していたが、ミケとムムルゥ、それにアカネが追従するように隆也の背中にくっついてくる。飛竜のサイズを考えると、背中に乗れるのはおおむね三人~四人。
これではバランスが悪い。
話し合いの結果、飛竜へは隆也たち男三人と、メイリールたち女性陣四人の構成になった。
ダイクがいじけていたので、ウォルスに着いたら慰めてあげよう、とロアーとこっそり相談をする隆也だった。
× ×
「ひゅーっ、飛竜に乗るのは久しぶりだけど、やっぱり風が気持ちいいな!」
飛び立ってから数分でベイロードが豆粒ほどの大きさになるほどの高さまで到達すると、隆也の前で手綱を握っているダイクが楽しそうに声を上げた。それまでいじけていたのが嘘のようである。
まあ、それまでのことなどどうでもなるほどの絶景であるのは、隆也も同意するところだった。
空から見ると、この世界がどういう形をしているのかがわかる気がする。ベイロードの入り組んだ海岸の地形、周辺に点在する小さな集落、王都方面へと続く大きな街道、地平線の向こうにわずかに見える、他の地方都市たち。
賢者の森やその先にあるシマズはもちろん見えないのだから、この世界もこの世界で、果てしなく広い。おまけに同じ規模の魔界、そして、ゲッカや『七番目』が本来いた空の向こう側。
そう考えると、それまで隆也が認識していた世界がいかに狭いかを改めて思い知らされる。
見えているものが、全てはないのだと。
「……どうしたよ? ずっと下向いて、もしかして高いとこ怖いのか?」
「うん……」
空から見る地上の景色は絶景だが、隆也は高いところが苦手なので、素直に楽しむことが難しい。
空を飛ぶ経験は一度や二度ではないので、今更何を、と言われそうなものだが、そのいずれもレティやムムルゥに必死にしがみついていだけなので、それを経験値として算入すべきかは疑問なところである。
「ご主人様、こわいの? ミケが一緒にいてあげようか?」
「わーっ!? こらミケ、動くなっ……お、おち、落ち……!」
「落ち着くっスすよ、アカネ。同居人のよしみで、墜落直前ぐらいにちゃんと助けてやるっスから」
「直前ってなんだ! 落ちた瞬間に助けろこの悪魔っ!」
「そんな事実、今更言われても困るっスよ~」
どうやらお隣さんにも隆也と似た状況のお方が。あちらはとても賑やかだが。
まあ、たとえ落下しても、今回は単独での飛行が可能なムムルゥもいるので、身の危険が及ぶ確率は低いが……しかし、これだけ高いと身は竦むものだ。
これまではエヴァーがいたおかげで遠いところも転移魔法でひとっとびだったが……こんなところで師匠の偉大さを知ろうとは。
「あれ? ねえ、ダイク……あの先、なんかない?」
と、ここで前を行くメイリールから呼びかけられる。何か見つけたようだ。
「ん? そうか? 俺にはいまいち……」
「ちょっと待ってろ……いや、確かになにか……あれは、灰色の雲……?」
隆也もダイク同様見えなかったが、目を細めたロアーには補足できたようだ。
灰色の雲、となると考えられるのは雨雲だが、今日は白い雲すら一つも浮かんでいないほどの晴天で絶好の旅行日和である。
それに、雲が浮かぶにしては高度も低すぎるような。
「ご主人様、なんか嫌な臭いがする」
それまでだらんと垂らしていた耳と尻尾をぴんと立てたミケが、メイリールを飛び越して、飛竜の頭部にちょこんと降り立った。
一瞬嫌がる飛竜だったが、抵抗するよう素振りはなく飛行を継続する。魔獣としての格や力関係はミケが圧倒的に上なので従っているようだ。
「ダイク、ちょっと早いけどいったん下に降りて休憩にしよう。皆も、それでい――」
一同頷いて、はるか先にある灰色の障害を避けるようにして、すぐさま高度を下げようとしたところで、
【――ええっ、そんなつれないこと言わんでよぉ。偶然だけど、せっかく会えたんだからお茶ぐらいしてきなって。悪いようにはしないから】
「え、声……?」
そんな声とともに、隆也たち一団は、突如目の前に出現した灰色の雲の中に、なすすべなく取り込まれてしまったのである。
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