第203話 雷雲船


 隆也が指示を出したときにはすでに遅かった、ということなのだろう。


「そんな……まだ全然遠くにいたはずなのに」


 一息で距離を詰めたのか、はたまた瞬間移動でもしたのか……とにかくすでに雲内部に取り込まれてしまっている。


 バチンッ、と隆也たちの至近で雷が迸った。ということは雷雲なのだろうが、雷雲が、こんな不可思議な動きを見せるだろうか。


【おっと、迂闊に出たら雷にバチっとやられるから気をつけて。まあ、安心しなって。これでも私たち、キミらを歓迎してるんだから】


「またさっきの声……?」


 他の仲間たちも首を動かして声の主を探しているようなので、隆也だけに宛てられた声ではないようだ。


【そのまま飛竜を真っすぐ進めて。そうすれば、私たち船の甲板の上に出られるから】


「……船?」


 ここが海上のど真ん中ならいざ知らず、その海面から遥か上空を船など存在するわけがない。雲海船、とでもいうつもりだろうか?


【まだわからない? ったくしょうがないなあ……おい、我が弟子、森の賢者さんとこの弟子んとこ行って、説明してきな】


 その言葉とともに、前方のより濃い霧の中から出てきたのは、見覚えのある桃髪をツインテールにした魔法使いの少女。


「おいっす、タカヤ。一か月ぐらいぶりだケド、元気してたぁ?」


「! あ……エリ、じゃなくてアルエーテルさん?」


「もち! 我こそ、この雷雲船の船長の弟子にして、世界の空を欲しいままにする……ぐえんっ!」


【ほっときゃいつまでもしゃべり続けるそのクソ長い口上はいいから、さっさと皆さんを案内しろっつってのよ、このアホ弟子】


「へい、ただいまぁ~」


 いつのまにやら拳の形となっていた灰色の雲が、塊となって王都での元仲間であるアルエーテルの後頭部をどついている。やはり、これも魔法なのだろう。


 ひとまずアルエーテルの先導に従って、隆也たちも霧の深いところへと侵入していく。


 中心は、隆也が想定していた風の強さとはうって変わり、まるで凪に入り込んだように静かだった。


 そして、確かに雲の中に、小型ではあるが、帆の張られた船が浮いていた。


「おーい、『森』んとこの弟子君、こっちこっち」


 隆也のちょうど真下、船の甲板で手を振っている魔法使いの姿が、どうやらこの船の主のようだ。そして、おそらくはアルエーテルの師匠。


「いや、ごめんね、驚かせちゃって。なんか変な一団がいるなあと思って『視』てみたら……ウチの弟子が言ってたのとそっくりな子がいたからさ」


 ゆっくりと飛竜を甲板に降ろすと、朗らかに笑いながら声の主が近づいてきた。


 金髪金眼。アルエーテルと同じく、身だしなみをばっちり整えていて、着用している魔法衣ローブなども、ところどころに金の装飾が施されていたりと、見ただけで高そうなのがわかる。


 そして、やはり容姿はかなり整っている。化粧によって、さらにそれが際立っている印象だった。


「どうも、俺は隆也といいます。一応森の賢者の弟子をしていて……その、失礼ですがあなたは……」


「! ああ、ごめんごめん、そうだったね。私はリファイブ。この雷雲船『ランブルフィッシャー』の船長で……あとはたまに『雲の賢者』なんて呼ばれてることもあるかなあ」


 やはりそうだったか。


 森の賢者、光の賢者につぐ、隆也が出会った三人目のレベルⅨ魔術師。


 自由奔放だが時折陰を見せることもあるエヴァーに、ふわふわとしてどこか捉えどころのないエルニカ……その二人はまた違った雰囲気を纏っている気がする。とにかく明るさが前に出ているというか。


「へえ、これがあの森の賢者をオトしたって噂の少年かあ……ふむ、ふむふむ、確かに、なるほど……」


 なにが『確かに』で何が『なるほど』なのか隆也にはわからないが、とにかく、リファイブから嘗め回すように見られている。


 ひとまず、隆也が六賢者の間ではホットな話題ということだけはわかった。


「で? どうしてタカヤくんたちは飛竜にまで乗ってたの? まあ、普通に考えれば観光途中だとは思うけどさ」


「半分正解です。仲間の里帰りに同行させてもらって……ウォルスってところなんだけど」


「ああ、シャムシールの……あ、シャムシールってのは、私たちと同類のね。火山の賢者、っていうんだけど」


 火山。ウォルスにはぴったりの人だ。


「ウォルスにも六賢者の人がいるんですか?」


「うん。でもまあ、普段は火山の火口でごそごそやってるからあんまり外には出てこないんだけど――」


 と、リファイブが続けてようとしたところで、バン、と勢いよくドアが開けられた。

 

 船内部へとつながるドアが壊れんばかりに開け放ったのは、明るい栗色の髪を短く刈った若い男。


「よっ! お前がアルとシオリの言ってたレベルⅨの鍛冶能力者だって?」


 白く輝く歯とともに、にかっ、という音が聞こえてきそうなほどの笑みを浮かべる青年と隆也の視線が、ふとぶつかった。

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