第201話 ウォルスへ 1


 メイリールとダイクの故郷である『ウォルス』という名の国が、『火山の国』と呼ばれるようになったのは遥か昔のこと。


 国の名にもなっているウォルス山は、今現在も活動をつづける火山であり、ウォルスは、以前に発生した大規模な噴火によって山頂もろとも吹き飛んだ跡の台地に作られた集落が始まりだった。


 いわゆるカルデラ地形というやつだが――隆也の元居た世界でもいくつか存在する場所も、この異世界ではウォルスだけのようで。


 


「ったく、なんで俺まで付き合わなきゃいけねえんだよ……」


「ごめん、ダイク。でも、メイリールさん一人だけじゃ俺たちの案内は大変だし」


 メイリールの里帰りに同行することになったのは、故郷の二人を除いて、隆也にミケ、ムムルゥ、アカネの四人と、


「ロアー、あんたもこっちに来てよかと? 実家のほう、豊漁祭の準備で忙しいんやなか?」


「まあ、俺が手伝えることなんて、そんなにないからな。……心配するな、ちゃんと家族には了解もらってる」


 それに、ロアーもついてくることに。ロアーは生まれも育ちもベイロードなので、物理的に帰れない隆也とは違った意味で『里帰り? なにそれ?』状態だった。


「ご主人さま、こっち終わったよ」


「うん、ありがとうミケ」


 旅行の荷造りを終えたミケがとことこと隆也のもとに寄ってきた。


 この一月で、一番雰囲気が変わったのはミケかもしれない。アカネやメイリールから読み書きを学んで、それまではたどたどしかった言葉遣いも流暢になっている。背はおよそ十センチほど伸びて、体格的には副社長のフェイリアをもう追い越し始めている。


 服の方はあらかじめかなりの余裕を持たせたつくりにしているので大丈夫だが、そろそろ新しく新調してもいいかもしれない。

 

「髪の毛も大分伸びてきたな……少し切ろうか?」


「う~ん、もうちょっと伸ばそうかな。ご主人さまも、そっちのほうが好きなんでしょ? みんな言ってた」


「まあ、うん……そういうのを人前で暴露するのはやめような?」


 ショートカットよりはロング、それも出来るだけストレートのほうが隆也の好みなのは事実だが……みんなとは誰のことを指すのだろう。


 外見も内面も成長してくれるのは構わないが、こういうところまで覚えてくるのは勘弁してほしいところである。


 くしゅん、と一階の受付からミッタのくしゃみが聞こえてきた気がした。


 ……話をした覚えなどないのだが。


 シーラットのみんなが隆也から軽く目をそらしていることはひとまず置いておき、隆也は慣れた手つきでミケの耳と尻尾の体毛をハサミでカットし、形を整えていく。


 ちなみに、こちらも隆也とアカネの手で作られた特製のものだ。ミケの体毛は、ふわふわで軽いわりに切りにくく、ちゃんとした素材を使わなければならない。


「ねえ、ご主人さま。最近、エヴァーからはお手紙きた?」


「来てないけど……なんで?」


「匂いがね、しないの」


「匂い? 師匠の?」


 うん、とミケ。


「なんとなくね。前までは『あっちのほうにいるな』っていうのがわかってたんだけど……最近はぱったりと鼻にとどかなくなって。遠いところにでもいるのかな?」


 たとえ大まかな方角だとしても、エヴァーの場所をなんとなく察知できる嗅覚も凄まじいが、ミケの感覚が本当だとすれば、少しだけ心配になる。


 命の危機がどうこうではなく森の大木のように泰然としているエヴァーが、気配を消さなければならない事情。


「そう言えばシマズで別れた時、温泉にでも行くって言ってたな……」


 今回旅行にいくウォルスも、やはり火山ということで、国の各地に温泉源が点在している。もしかしたら、普通にあちらでばったりと会ってしまうかもしれない。


 隆也の知っている『森の賢者』は、そういう人なのだ。


「……アカネさん。イカルガを使わせてもらっても構いませんか?」


「うん? 私は別に構わないが……師匠に送るのか?」


「いえ。今回は色々です。王都とか」


 ただ、諸々の連絡はしておいたほうがいいだろう。ラヴィオラとセプテが王都に残っているので、二人を経由して光哉に状況を伝えるつもりだ。


 何かあるにしてもないにしても、事前の準備が大事であることは、王都での一件でも散々わからされている。


「……取り越し苦労で終わってくれればいいけど」


 数通の便りを託されたイカルガが、換気用の煙突から空へと飛び出していくのを見送りつつ、隆也は元の作業に戻ったのだった。

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