第200話 里帰り
ベイロードに戻って一か月が過ぎた。
魔界、シマズ、そして王都。目まぐるしく動いていた隆也の周囲は、急に落ち着きを取り戻していた。
「回復瓶30、上級回復瓶5、精神回復瓶3、あとは麻痺毒と熱毒の解除薬1袋ずつ……はい、今日の分の納品。棚に補充しておくよ?」
「おお、ありがとうよ坊や。いつもすまないねえ……ああ、そうだ。この前一個だけ買ってた
「今は素材が足りないから調合するのにちょっと時間かかるけど……珍しいね。高価なやつって、ベイロードあたりじゃ今までは在庫の肥やしになることがほとんどなのに」
「いや、この前ナントカってところからきた人が気に入ったらしくてねえ。常備しておきたいからって」
「どっかの騎士団とかかな……わかった。調合次第持ってくるよ」
道具屋の店主である老婆と世間話がてら、仕事の話をする。
初対面の人と話すのに始めは苦労していた隆也だったが、それも少しずつ改善されてきている。
偉そうな肩書ばかり背負わされて本職がなんだったか忘れそうだが、本業はあくまでこちらである。取引先での隆也の呼び名は、誰が言い出したかは知らないが『坊や』とか『坊主』だ。
隆也もそれでいいと思っている。
「タカヤ、そっちも終わりか?」
「アカネさん」
老婆に別れを告げてから店を出た直後、隆也同様、納品を終えたアカネが大きな袋を両手に提げてこちらに近付いてきた。売れ残った魚……多分、港の漁師たちからもらったのだろう。
アカネはベイロードには珍しいタイプの黒髪の美人なので、納品ついでに港にいくと色々とサービスしてもらえるようだ。
「私たちで作った包丁、よく切れるとほめられたよ。他の街の同業者にもそれとなくすすめておくからって」
「じゃあ、これからまた少し忙しくなりそうですね」
アカネは宣言通り、館には戻らず隆也たちと一緒にシーラットで働いてくれていて、今はタカヤの自宅でムムルゥやミケと一緒に同居している。
ムムルゥとミケは、相変わらず夢の中だ。
一応、二人とも隆也の従者でしもべ、という認識で間違っていないはずなのだが……彼女たちはいつもどおりある。
そういうこともあり、アカネがいることで、仕事面では大変助かっているのだが。
「アカネさん……師匠から何か連絡ってありましたか? 王都で別れて以来、ずっと何の音沙汰もありませんけど」
「いや……借金の話もあって、たまにお祖母様やお母様からも連絡を飛ばしているらしいが」
腹を空かせればまたひょっこり隆也のベッドに潜り込んでくるだろうと思われたエヴァーだったが、ベイロードに戻ってからは、隆也たちと食卓を囲んではいなかった。
ただ、隆也が弟子になる以前は、アカネに何の連絡もなく姿を消すことが多かったらしく、また、あのエヴァーに何かあったとも考えられない。
彼女は森の賢者――もし何かあるのなら、その場を一度でいいから見てみたい気もする。
「まあ、今の賢者様は隆也とその護符でつながっているんだ。もし何かあれば、きっとそれが知らせてくれるだろうさ。……さあ、家に戻って朝ご飯にしよう。そろそろあのねぼすけどもも、腹を空かせて起きてくるころだろうし」
「そう、ですね」
きらりと輝きを放つエヴァーとおそろいの護符を握りしめ、隆也はアカネとともに自宅へと戻るのだった。
×××
「長期休暇、ですか?」
その日の夕方、今日の分の仕事を終えてアカネとともに明日の納品の分のチェックをしていると、ルドラとフェイリアの二人からそんなことを告げられた。
「ああ。豊漁祭の時期で、俺たちもしばらくの間暇になるからな」
豊漁祭とは、毎年この時期にベイロードで催される行事で、一年の豊漁を感謝し、また次の年も同じように、という願いを海の神様に捧げるための祭りらしい。
期間はおおよそ七日間。
昔からの慣習で、その前後、ベイロードの都市全体も休日扱いとなる。
「二人とも、確か故郷はシマズだったろう? 里帰りはしないのか?」
「副社長どの……私はつい先日までいましたから特にその予定は。……タカヤ、お前はどうするんだ?」
「いや、俺はその……」
どうする、と言われても、どうすることもできない。
この世界からの脱出方法については、引き続き光哉が王都にある情報などを仕入れてくれてはいるものの、いまだ手がかり一つつかめていない状況である。
おそらく『召喚』は異能絡みで行われた可能性がある、ということで、本部ギルドに記録されている冒険者の素質を一通りチェックしたが、こちらも特に目を引くような人物はいなかった。
そもそも、異能持ちを見つけるのも一苦労である。
隆也も、こと生産・加工の分野ですさまじい
なので、まずはそこからスタートしなければならないのだが。
「ふぅ、疲れた~! あ、おいちゃんに副社長、メイリール只今戻りました~」
「「……同じく」」
と、ここでメイリール、ダイク、ロアーのいつもの三人が外出先から戻ってきた。
今日はベイロードの都市の地下水道の掃除兼、魔獣がいたらついでにその退治も、という依頼だったようで、服の裾を泥で汚している。メイリールは裾のみだが、ダイクにいたっては全身べちゃべちゃである。
……少し臭うが、話を濁す相手がきてくれて隆也としては助かった。
「タカヤ、辛気臭い顔してどうしたと? 来月からのお給料を下げる……ってわけじゃなかよね? 最近ウチ儲かっとうし」
「えっと、休みの話です。豊漁祭の時期だから、里帰りでもどうかって……メイリールさんは、どうするんですか?」
「私はそうやねえ……まあ、休みってこの時期しかないけん、多分帰るとは思うけど……ねえ、ダイクはどうすると?」
「俺はパス。帰りたいなら、お前ひとりで帰れば?」
「またそんなこと言いよって……」
「ん……?」
ここで一つひっかかりがあった。
「? どうかした?」
「あの、メイリールさんとダイクって……もしかして同郷なんですか?」
「うん、そうよ。『火山の国』の端っこにあるちょっと大きな村……まあ、ベイロードに出てくるまでは顔知ってる程度やったけど。歳もダイクのがちょっと上やし」
初めて知った、はずである。今までは自分のことばかりに必死で、仲間たちの詳しい話を聞くことなど……
「……あれ?」
と、ここで隆也の頭に一つの可能性が浮かんだ。
メイリールとダイク。
同郷で、そして、同じような異能を持った二人。
もちろん、ただの偶然ということもあるかもしれない。
だが、まだ名前も知らない数々の国や地域から来た王都の冒険者をどれだけ探しても、一人さえ見つからなかった異能持ちが、同じ地域に二人も存在するだろうか。
久しぶりの長期休暇――何もせずベイロードで休むのももったいない。
「あの、メイリールさん――」
火山の国。
もしかしたら、貴重な情報が得られるかもしれない。
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