第199話 水上詩折
水上詩折は、隆也のいたクラスの副委員長だった。クラスでは表面上『いい子』を演じていた明人のいつも隣にいた少女、ぐらいの印象しか隆也にはない。
というのも、当時の隆也はそんなところまで気が回ってはいなかった。今日はいじめられないよう、ただ一日が過ぎ去っていくのを耐え忍んでいたから、クラスの美少女の背中を一日中目で追いかける余裕などない。
確かに学内では一、二を争うぐらいの容姿を持っているのかもしれないが、隆也にとっては、等しく、心と体を痛めつけられていたのを、ただ遠くで眺めていただけの『傍観者』の一人でしかなかったのである。
なので、詩折との再会についても、驚きはしたものの、感動はなかった。
詩折本人は、そうは思っていないようだが。
「水上さん……そっちこそ、生きてたんだね」
「うん、なんとか。でも、一緒に抜けた子たちはもう……」
そう言って、詩折は目を伏せる。
ぽたり、ぽたりと床をにじませる滴で、隆也はおおよそ何があったか察する。
おそらく、ここまでの道程で行方がわからなくなったか、もしくは帰らぬ人となってしまったのだろう。アルエーテルと肩を並べるほどなので、詩折の才能もずば抜けているはず。
そこに至るまでの苦労も並大抵ではなかっただろう。隆也もそれなりの修羅場はくぐってきているが、それは規格外の能力を持つ仲間がそばで支えてくれたおかげで、運が良かっただけだ。
「……アルエーテル、悪いけど」
「ん。私としてはお二人の関係が気になるところだケド、まあ、余計な詮索はナシってのがウチらの決まりだしね」
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、私は『船』のほうに戻ってるから、リーダーにもそう伝えとく……それじゃ、また会おうね、タカヤにロッタ。……きっとだよ」
ひらひらと手を振りながら言って、アルエーテルは隆也の前から姿を消した。
彼女から聞きたいことも山ほどあったが、途中までの口上でだいたいの正体は把握したので、彼女とはまたいずれ再会することにはなるだろう。
「タカヤ、私も席を外そうか? 込み入った事情があるようだし」
「……そうですね。あ、じゃあミケをメイリールさんのところに連れてって――」
「だめっ」
ミケはそう言って、隆也の腰にがっちりとしがみついた。最近は隆也の言うことを大人しく聞いてくれていたので、こういった反応をするのは久しぶりだった。
「名上君、その子は?」
「ミケっていうんだ。お世話になってる人のところで衰弱してるところを助けたらなつかれちゃって……まだ子供だけど、すごく強いよ。神狼族の血を引いてるみたいで」
「知ってる。『大氷高』に棲息してるっていう魔獣だよね、たしか」
大氷高は、広大な賢者の森の中央部に天高くそびえる山の別名で、隆也にとっては、そこの洞窟でアカネとともに
「――こんにちは、ミケちゃん。私はシオリ……あなたのご主人様のタカヤ君のともだち……じゃないかな、お知り合いってところ」
ミケと目線を合わせるようにしてしゃがみ込み、笑顔を見せる詩折。
「うぅぅッ……!」
だが、ミケは警戒しているのか、喉を低く鳴らして牙をむいている。主人である隆也やアカネの人見知りの性格が移ってきているのはわかっていたが……王都で多くの付き合いが出来たせいか、最近それが顕著に出ているのかもしれない。
「……嫌われちゃったかな」
「ごめん。その、多分だけど俺に似ちゃったんだと思う」
「ううん。もしそうだとしたら、私は嫌われて当然。……だって、私は名上君のこと、知ってて見てみぬふりしてたから」
寂しそうに言って、詩折は正座のような体勢になって、隆也を上目遣いで見た。
瞳からあふれた涙が、幾筋も彼女の白い肌を伝っている。
「ちょっ……水上さん?」
「名上君、ごめんなさい……私は、あなたに最低のことをしてしまった」
詩折は、そのまま頭を深々と下げる。
額を床に擦り付けるほどなので、やっていることは土下座とほとんど変わらない。
「あの、いきなりそんなことされても……とりあえず顔を上げて」
「ううん、私はあなたに謝らないといけない。委員長の春川君にそれとなく働きかけたり、先生に報告したり……名上君のいじめを止めるためにできることはあったのに、末次君や他の子たちから逆恨みされるのが怖くて……」
「水上さん……」
彼女がそう思ってしまったのは隆也とて理解できる。学校、そしてクラスという狭い世界の中で、隆也を助けるために一人戦えというのは無理な話である。
それに、本当に悪いのは主犯格の末次や、それを楽しんで見ていた奴らだ。彼らが誠心誠意謝罪し、土下座するのならともかく、詩折にそうされたところで何の意味もない。
「自分に反吐が出るわ……この世界に来ても、やっぱり自分のことばっかり考えて見捨てて……だから私は嫌われても当然なの。この土下座だって、結局は自分のエゴでしかない。謝って、それでちょっとでも罪悪感を消したいだけ……私は、ただの最低な女なの」
「……わかってるじゃないか」
隆也は同情しなかった。これだって、いつもの教室の時の振る舞いとは180度違う。
こちらが本心かもしれないが、演技している可能性もある。
「ミケ……ほんのちょっとでいいから、俺のお願いきいてくれる? この人と、二人で話したいんだ」
「やだ。ミケもいる。ごしゅじんさままもるっ」
そう言って、ついには隆也を守護するかのごとく、戦闘態勢である狼へと姿を変化させてしまった。
高レベルの素質持ちであることは間違いないだろうが、そこまで詩折のことを危険視するほどだろうか。
ここまで必死なのは、明人たちに襲撃されたとき以来かもしれない。
元クラスメイトだから、同じ匂いを感じ取っているのか。
「名上君、この子は私たちのこと、どれくらいまで?」
「ミケには少しだけ話してる。ただ、できるだけ話を漏らさないほうがいいと思う」
「そう。それじゃあ、私も今日のところはこれで失礼します。……これ、あなたに渡しておくから、助けがいるときはいつでも呼んで」
渡されたのは、とある場所が記されている手紙。
ここに使い魔でも送って連絡しておけば、確認後すぐに隆也のもとに来てくれるということなのだろう。
「タカヤ~、まだ~? そろそろ出発せな、あっちに着くの
「メイリールさん……はいっ、今行きます。水上さん、この話はまた後日ということで」
「ええ。……二人きりでお話するの、首を長くして待ってるから」
互いに別れを告げ、詩折は転移魔法でアルエーテルたちの待つ『船』へ、そして隆也はアカネやメイリールたちの仲間のいる『シーラット』へと戻っていく。
(とりあえず今のところは協力的だと思ってよさそうだけど……)
水上詩折……ミケの反応を見ても、まだ信用するのは難しいかもしれない。
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