第198話 制服
ゲッカの『願い』から始まった、隆也にとっての王都の関わる一連の事件は、そうしてひとまずの決着をみた。
隆也の依頼を受けた魔族たちの動きが迅速だったおかげで、王都への被害は最小限だった。今は、『七番目』の分身と魔族たちの戦いによって破壊された壁の瓦礫の運び出しや、壊れた施設や家屋の修繕などが、進められている。
隆也も、実際の場面を見たわけではないが、聞いたところによると、かなり大規模な戦闘だったらしい。
都市の中心を厳重に囲うように建てられていた巨大な壁を纏った謎の化物と、そして、どこからともなく現れた魔族の軍勢たち……知らないものから見れば、いったい何の戦争だ、感想を抱いたに違いない。
「タカヤ、どうだい、そっちのほうは?」
「リゼロッタさん」
「ロッタでいい、っていつも言っているのに……頑固だな、君は」
装備品のメンテナンスや荷物の整理をしていると、ドアの隙間にリゼロッタの姿が現れた。
本部の制服と、彼女がつけるには少々丈の長い外套――背中部分に大きな太陽の刺繍が施されているそれは、本部内でも代表や幹部のみが身に着けるのを許されたもの。
それは、ラヴィオラから譲渡されたものだ。
「しかし……君は本当に慌ただしいやつだね。せっかくの王都なんだから、もう少し滞在しても構わなかったのに。名うての鍛冶、錬金、調合師……君にとっても興味深い場所は、たくさんあるってのに」
「怪しい素材や道具を売っている闇市とか、ですね。……確かに後ろ髪をひかれる思いがありますが、やっぱり俺は、ベイロードのほうが心配なので」
現在、リゼロッタが背負っているものは、本来はラヴィオラ直々に後任として指名された隆也が着なければならないものである。だが、やはり隆也にとっての拠点はあくまでベイロードであり、そしてシーラットの地下にある、小さいながらも自分の仕事場である。
なので、多少のわがままではあるが、仲間たちとともに帰ることにさせてもらった。ただ、元の場所に帰るからといって、役職自体が解かれているわけではないので、また頻繁に王都へは足を運ぶことにはなるだろう。
リゼロッタも、あくまで隆也が不在の間だけ代理を務める、ということで、承諾してくれた。
「ところで、そちらの仕事のほうは問題ないですか? 光哉……魔王のほうから無理難題押し付けられたりとかは……」
「いや……魔族側との交渉は今のところ順調に進んでいるよ。最初のうちはどうなるかと思ったけど、姫様とセプテが間に入って頑張ってくれているおかげだ」
極秘に進められている魔族と王都との交渉は、ギルド本部も間に加わって、慎重に進められている。眷属化し、魔族となったラヴィオラとセプテの口から語られた真実は、王族たちにかなりの衝撃を与えただろう。
しかし、交渉が今もご破算にならないのは、これまで都市を潤してきたはずの『七番目』がその都市を破壊したという純然たる事実だった。
私腹を肥やすため腹に飼っていたものが、実はその身を滅ぼしかねないとんでもない爆弾であり、それを目の前でまざまざと見せつけられたのだから、いくら魔族とはいえ、その破滅から救ってもらった恩を仇で返すこともできない。
もちろん、そうなるように仕向け、交渉のテーブルに強制的につかせるよう計画したのは、アイデアを出した光哉であり、そしてそれに乗った隆也だったのではあるが。
「……これじゃあまるで影の支配者みたいだな……決してそんな風になりたいわけじゃないんだけど……」
「ん? なにか言った?」
「あ、ごめんこっちの話。……さあミケ、早く起きて。そろそろ出発の時間だよ」
「うみゅ……うん」
ようやく起きてきたミケの服を手早く着替えさせて、これで支度はすべて整った。
後は、挨拶周りをしてから拠点へと戻るだけなのだが、実は事件後、気がかりなことが一つだけ。
「リゼロッタさん」
「――ロッタ」
「……もう。じゃあロッタ……ところでだけど、あの姉妹は見つかった?」
隆也が気になっていたのは、エリエーテとエルゲーテ、二人の魔法使い姉妹のこと。
戦いの最中は一緒にいたし、リゼロッタともに四人で、ラヴィオラとセプテが、ティルチナの手によって
だが、そのあとから彼女たちは隆也たちの前から忽然と姿を消したのである。
そして、その代わりとして隆也の荷物の中に残されていたのが、
『ありがとう』
と、ただそれだけ書かれた手紙だったのである。
「いまだに連絡一つとれないけど……まあ、あの二人なら心配する必要はないさ。元々、彼女たちは神出鬼没気味で、私たちの小隊に入ったのも、わりと突然だったし――」
「――ハ~イ、タカヤにロッタ。元気してたあ?」
「「……え?」」
と、その時、隆也とリゼロッタの前に、一人の桃色の髪をした少女が現れた。
隆也も、そしてリゼロッタももちろん知らない顔である。左右で微妙に色味の違う黄金色の瞳は、どことなく見覚えがあるような気がしたが……
「……あの、失礼ですがどこのどちら様で?」
「えぇっ!? ちょっとちょっとロッタ~、それはなくなくない? 仲はそんなだったけど、付き合い自体は結構長かったじゃ~ん」
「え、でも……」
と、瞬間、少女から香ったとある匂いが、ある記憶を呼び起こさせた。
隆也がそこを訪れたのは一度きりだが、化粧品やら香水が入り混じったあの部屋は忘れもしない。
この匂いは、間違いなく、あの二人が持ち込んでいたという品物の。
「……もしかして、エリエーテさんとエルゲーテさん、なんですか?」
「は……? 何言ってるんだよ、タカヤ。目の前にいるのは一人なのに、どうしてそこで二人が」
「おぉ~、さっすがタカヤ! 女の子の匂いを記憶するなんて、よっ、このむっつりスケベ! 童貞の鑑!」
褒められているのかけなされているのかはわからない……いや、多分けなされているのだろうが、どうやら隆也の回答で間違いはないらしい。
見覚えのあった眼前のオッドアイ……それは、エリエーテとエルゲーテ、それぞれの瞳だったのだ。
「私の本当の名前は、アルエーテル。世界中を旅してまわってる、しがない貧乏冒険者一味の一人さ。魔法使い姉妹は、分身の魔法によってつくられた世を忍ぶ仮の姿――しかし、その正体は、全ての魔法を支配するとまで呼ばれ称賛される六賢者の一人にして、世界の空をほしいままにする――ふべんっ!?」
二人が合体してさらに厄介なキャラになったアルエーテルだったが、後ろからさらに出現したもう一人が、アルエーテルの後頭部をわりと強めにはたく。
またしても転移の魔法……先ほど、しがない貧乏冒険者一味、とアルエーテルが言っていたが……転移魔法を使えるほどの高レベルが二人もいるのであれば、そんなことになりようないと思うのだが。
「自己紹介が長いし、クドイし、そしておまけにウザいわよ。今日、この人に用事があるのは私なんだから、案内が終わったらさっさと消えなさい」
「むぅ、こんのぉ……新入りのくせして生意気な。そのヘンな服に、かわいい猫の当て布をでかでかと縫い付けてやろうか?」
「そんなことしたら、いくらあなたが先輩冒険者でも許さないわよ。だって、これは私が私であることを、いつでも名上君に思い出してもらうための、大事な大事な象徴なのだから――」
「え……?」
隆也は疑問に思った。
なぜ、もう一人の少女は、隆也の本当の名前を知っているのだろう。
隆也のフルネームをきちんと理解しているのは、この世界では、アカネと、それから今はもう全滅状態の……。
「!? ……ま、まさか」
いや、違う。
まだ残っている。
エヴァーたちの手によって、確かに隆也の元クラスメイトたちは処理された。今は、賢者の館のどこかで、エヴァーの魔法による捕縛状態が続いてるが、それを免れたのも数人いる。
隆也が追い出された後、すぐに抜けたという数人の女子生徒たち。
「――久しぶり、名上君」
魔法衣の下にのぞく制服。忘れようにも忘れられない、隆也の元の世界での記憶に残る女子生徒用のブレザー。
腰にまでとどく黒い長髪、濁りひとつない透き通った黒い瞳に、整った鼻梁、小さな桜色の唇……それは、確かに隆也の記憶にもある人物。
ただ遠くから見ていただけで、『クラスメイト』であるという接点以外はなかったその美少女の名は。
「もしかして、水上さん……?」
「ええ、そうよ。また会えて、本当に……本当に嬉しいわ」
そう言って、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます