第186話 彼女の正体 1


 ×××


「――なにっ、いったいどういうことだっ!」


 隆也が仲間たちとともに本部へと出勤するなり、ピリピリとした空気に出迎えられた。


 まず視界に飛び込んできたのは、報告書を手に声を荒げているラヴィオラと、彼女に叱責され、申し訳なく肩を落としているリゼロッタ、エリエーテ、エルゲーテの三人だった。


 セプテはその様子を黙って眺めている。


「えっと……おはよう、ございます」


「ん、おはようタカヤ。急なことですまんが、今からすぐに出発するぞ。後ろの者たちも、今回は一緒に来てもらう。人手がいるからな」


「タカヤ……その、すまない」


「リゼロッタさん、これはいったい……」


 微妙に隆也から視線をそらしたリゼロッタが頭を下げるものの、状況を未だ飲み込めていない。


 何かまずいことが起こっている、それだけは間違いないのだろうが。


「いや~……ほら、ちょっと前に退治したやつがいたじゃない? 重力使いのあのいかれた頭の堕天使のやつ」


「ゼゼキエルさ……いえ、四天王の」


「そうです。あれを倒したのまではよかったのですが……そのあと閉じたはずのゲートが、完全には閉じ切れてなかったみたいで」


 そんなことはないはずだ。隆也も、彼女たちの仕事を見ていたが、手を抜いていたようには見えなかったし、瘴気の洩れも完全に解消されていたはずだ。


 もちろん、自然発生ではなく、魔族側が意図的にゲートを通しているのなら話は別なのだが、それができるのは魔族でも闇魔法に特化した者にしか扱えない代物だ。


 四天王の中で言えば、魔槍を装備したムムルゥぐらいのものだろう。


「……退治したはずの魔族が再び発生しており、人的被害も出てしまっているようだ。早急に対応せねば」


 ラヴィオラから受け取った依頼書には、そのことが事細かに記載されている。十数体の下級魔族に、上空を飛翔する黒龍……家畜は無残に食いちぎられ、抵抗しようとした集落の人間も……質の悪いイタズラとも考えにくい。


 切羽詰まっているのか、依頼者のサインがやけに崩れている。読めないこともないが、『ア……オウ』とか『イ……ゾ』……あまり判別はつかない。


「……とにかく、すぐに現場にいって確かめてみましょう。責任を感じるのはそのあとで。三人ともそれでいいですね?」


「ああ、それもそうだね」


「「……」」


 リゼロッタすぐさまそう言ってくれたものの、他の二人は相変わらず納得がいっていない様子で首をかしげている。


 自分たちがそんなミスをするなんてありえない、そう言いたげな顔だ。


 ごめんなさい、と隆也は心の中で詫びる。


 事情を知らない彼女たちには悪いが、あともう少しだけ我慢してもらわなければ。


 ×


「……これはいったい、どういうことなんだ?」


 姉妹二人の転移魔法によって現場にすぐさま駆けつけたラヴィオラは、目の当たりにした光景に困惑の表情を浮かべた。


 それもそのはず、依頼書の中でこれでもかと記載されていた惨状どこにもなく、むしろいたって平和な様子で暮らす人々が、いつものように仕事に勤しんでいたのである。


 食いちぎられているはずの牛や馬たちは野原で呑気に寝そべり、村の人々は実った作物の収穫に勤しんでいる。


 集落を襲った魔族など、どこにもいない。


 いや、いるはずもなかった。


「どこがひどい有様……リゼロッタ、これでは話が……」


「ラヴィオラ様。リゼロッタさんは、俺の判断で洞窟のほうに避難してもらっています。エリエーテさんやエルゲーテさんも一緒です」


 ラヴィオラの疑問に応じたの隆也だった。もちろんメイリールたちもそちらに行かせている。側に残っているのはルドラとフェイリア、実力者の二人のみだ。


「姫様を差し置いて何を勝手なことを……! あなた、自分の立場というものをちゃんと弁えて――」


「おっと、それ以上動いたら危ないっスよ? 首がゴロンと地面に落ちてしまうかも」


 と、隆也に食って掛かろうとした寸前、セプテは動けなくなった。


 隆也の影から突如現れた一人のメイド魔族――ムムルゥの槍の穂先がセプテの首筋を突きつけていたのだ。


「その角と羽、貴様、もしかして魅魔ッ……!」


「初めましてっスかね。私は元『魅魔煌将』のムムルゥ。今はタカヤ様……いえ、ご主人様のメイドとして、いろいろとお世話させてもらってるっス」


「元四天王だと……タカヤ、まさかお前」


「ええ。というか、僕も実は現四天王の一人だったりしますし」


 創魔人将。おそらく光哉の思いつきで賜った称号。過ぎた身分だとも思うが、そのおかげもあって、この『作戦』をなんなく実行できたともいえる。

 

 やはり、少しは偉くなってみるものだ。


「裏切るような真似をして申し訳ないと思っています。でも、説得するよりは、実際に見てもらわないと絶対に信じてくれないと思って。社長、副社長」


「ああ。っと、ちょいと失礼しますよ」


「すみません。ですが、これもラヴィオラ殿、ひいては王都のことを考えてのこと。ご理解いただきたい」


 隆也の言葉を合図にルドラとフェイリアの二人がラヴィオラの体を抑えに動く。ムムルゥの闇魔法によって動きは制限されているが、重力魔法をものともしない彼女だから、念のためはいるだろう。


「人間でありながら魔族に与するなど……この卑怯者ッ! 今すぐ姫様を解放しろっ!!」


「いや、解放するのは俺じゃなくて、そっちのほうでしょう――」


 正確に言えば、セプテの体の一部を乗っ取って、今もなおやり過ごそうとしているモノ、だろうか。


「――セプテさん……いや、本当の『七番目』の本体さん」

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