第187話 彼女の正体 2
「は――? セプテが……?」
隆也の言葉に反応したのは、ラヴィオラだった。
世話係として随分長い付き合いであるはずの従者の中に、まさかそんな存在が潜んでいたなど考えもしなかっただろう。
隆也が見ても、これまでのセプテにそこまで怪しい動きはなかった。主であるラヴィオラのことを慕っていて、彼女に近づこうとする輩を排除しようとたまに暴走することもある、少し潔癖気味のメイドの少女だと。
だが、だからといって『彼』が嘘をついているはずもない。わざわざ危ない真似をかって出てくれた『彼』のことを、隆也は誰よりも信頼していた。
「……ちょっとしたネタばらしをしましょうか」
そうして、隆也はポケットから金貨を取り出した。表に魔王城、裏に魔王の肖像の彫られた金貨。
ゼゼキエルとの勝負が終わった後で回収していた五枚の金貨を、隆也は、あの時と同じように指先で弾いた。
「コイントスの時、俺は四枚全部を表にして無傷で皆さんを助けた……ラヴィオラ様、覚えていますよね?」
「ああ。お前の素質とレベルのことは事前に知っていたからな。必ず表になるように細工してくれると思って……魔族を欺くため、皆、少し過剰に演技もしてな」
「そうです。狙った図柄を出せるような超絶技巧は俺にはありませんから、表か裏がでるのは結局二分の一……真っ当にやっていれば、まず誰かが犠牲になっていたでしょう。だからイカサマをした」
そして、バレることなく『ゼゼキエル』を欺くことができた。少なくとも、隆也以外の四人はそう思ったはずだ。
だが、実際はそうではない。
「ムムルゥ、コインを全部裏返してもらっていい?」
「はいっス」
器用に操られたムムルゥの尻尾が伸びて、五枚のコインが全てひっくり返される。
偶々全て表を示していた五枚――細工していないのなら、ひっくり返せばすべて裏になるはずの金貨が示したのは。
「うち四枚がどちらも『表』……!?」
目を見開いたセプテが、思わずそう言葉を漏らす。
それがすべての答えだった。
「そうです。あの時受け取った五枚のうち四枚は、俺が細工するまでもなく、最初からどちらも表だったんです。というか、光の賢者様の拘束のせいで、そう高度な能力は使役できませんし」
「ということは、つまり……あの堕天使は」
「ええ。初めから、全部負けるつもりであの勝負を持ち掛けてきたんですよ。そして、ラヴィオラ様が僕をトス役に指名することは織り込み済みだった」
五枚のうち一枚が普通に裏表なのは、他の四枚が表だけだと思わせないようにするためだ。途中途中でゼゼキエルが何度も裏表が正常か確認していたのも、ラヴィオラたちがやっていたように、やはり演技だった。
すべてが茶番だった。
「だが、なぜそんなことをする必要がある? 私の星剣はまず間違いなく堕天使の心臓を貫いていたし、手ごたえもあった……どうして、わざわざ命を捨てるような真似を……」
「ああ、大丈夫ですよ。彼女……ゼゼキエルさんは死んでなんかいません。というか、そもそもあれは本当のゼゼキエルさんではありませんし」
「本物、ではない……?」
「ええ。……ムムルゥ、あの人、近くにいる? いるんだったら、そろそろ出てきて欲しいんだけど」
「いるっスよ。というか一緒に来ましたし」
ちら、とムムルゥが隆也の影を見やると、再び、影が生物のようにうごめきはじめた。
「――おいおい隆也よ、仮にも親友に対して『あの人』呼ばわりはないんじゃねえのか?」
「一応プライバシーに配慮したつもりなんだけど……」
「いいさ。そこのお姫さん? には、元から知ってもらうつもりだった」
「なっ……!? お、お前……!」
隆也の背後に現れたのは、背中に白と黒の天使の羽を生やした、ラヴィオラが殺したはずの堕天使ゼゼキエル、ではなく。
「って、まだその格好してるの?」
「いや、我ながらうまい『
堕天使だったものが、徐々に、真っ白にそまった頭髪と瞳の奥で血のように妖しい眼光を揺らめかせる赤い瞳をもった少年へと姿を変えていく。
「いや~、お姫さんのそれ、セブンスフォール、だっけ? 噂には聞いてたけど、喰らってみるとマジやばいな。念のため腕のほうに『核』を移しててよかった」
「貴様……何者だ」
警戒した様子で睨みつけるラヴィオラに、『彼』は明るく笑いながら答えた。
「俺はコウヤ……タカヤの友達で、通りすがりの魔王代理ってとこかな」
隆也が欺いたのは敵ではなく、味方だったのである。
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